【能登半島の】多種多様な信仰。舳倉島を一周する。【先の先】(8)

全国裏探訪取材班は、今回いよいよ舳倉島最終回。島を時計回りにほぼ一周し再び住居エリアに入った。

住居エリア北側に関しても、港が近くなると物件の密度が増えてくるわけだが、雨戸代わりにベニヤが貼られていたり、雨水を利用する設備があったり、風で瓦が飛ばないように漁業用のロープを重りにしていたり・・

島の住環境は完全に昭和だな。結構ズタボロになっている。

ここにも小さい社があるな。

荷物保管用のバラック風倉庫かと思ったが、風で倒れたのだろうか。地震で倒壊したようになっていた。もはやバラックですらないな。

この島の物資は1日1便のニューへぐらのみの為、島での暮らしはほとんど自給自足の生活だ。生活のためこんな生活感になるのも無理はないだろうな。

「輪島警察署舳倉島駐在所」

冬季だからか、完全に封鎖されてるな。まあ、悪さする奴もいなさそうだしな。犯罪者がいたら私人逮捕するしかないな。

「鳳至小学校舳倉島分校 上野台中学校舳倉島分校」

現在は見ての通り急激な過疎化が進み休校中となる。復活の見込みはないと思われるが・・ちなみに保育所も閉所されている。二宮金次郎像と、恐らく使われていないだろう郵便ポストも悲しげだな。

 

「益谷秀次先生」

益谷秀次(1888-1973年)は地元石川県能登町(能登半島の町)の加賀石川の政治家。衆議院議員、同議長、建設大臣を歴任。いわゆる土建系の政治家で、舳倉島の港湾やインフラ整備をした島のヒーロー。

「支那事変 忠霊塔」

さらにこちらにも日本を守ったヒーローが。建立は昭和13年と書いてあったので、日米開戦前だな。経緯は書いていなかったが、泥沼日中戦争だろうな。合掌。

最後に取材したのは、港の漁業関係の作業場、ここでは獲れたての鮮魚を氷詰めしていた。輪島行きの復路のフェリーに乗せるのか大急ぎだな。

 

赤字で「輪島港」と書かれている。住所もさることながら、ここ舳倉島で獲れた物も輪島産となるんだな。漁業管轄的にはここは拠点というか中継地点のようだ。

時間がぎりぎりになりつつも取材班はニューへぐら号に搭乗。荷物の積み込みも大急ぎだった。

「弁天社」

帰りのニューへぐらの露天甲板からの撮影になってしまったが、港湾内には弁天様が祀られている。護岸で陸続きにも見えるが、独立した島だ。現在は島は護岸で覆われている。弁天(弁財天)は日本では恵比須様と並び“財(宝)”を司る神仏とされているが、ここでは転じて漁業の繁栄を見守っているという。

今回第8回にも及ぶレポにお付き合いいただいた。読者の方はお気付きかもしれないが、この舳倉島は総本社として「奥津比咩神社」が祀られ、その周りに主に7つの小宮があった。しかも、。七ツ島とも関係あるのかわからないが、それらはほぼすべて神社の系統が違い、紹介順に「大和田神社」「八坂神社」「金比羅神社」「無他神社」「恵比寿神社」「伊勢神社」「弁天社」だ。合わせて、島内には遺跡がいくつもあり、謎の石積み「ケルン」も無数にある。とても変わった島だった。速足で一周すると1時間もかからないこの島に、これだけ沢山の要素があるのもとても珍しい。取材班は強烈な印象をもって舳倉島を後にした。

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(2016)