【突っ込んでも地獄】特攻帰還者の収容施設「振武寮」跡を見てきた。【逃げても地獄】(2)

全国裏探訪取材班は、引き返してきた特攻隊を収容していた「振武寮」跡に来ている。取材班はこの場所を何回も通ったことがあるが不覚ながら、今までそのような場所だと気づくことはなかった。

特攻隊の収容所と言えば人里離れた僻地で監禁されると思いきや、天神から1キロほどのこんな大都会にあるとは思わなかったな。

そもそも、特攻隊とは自らの地と引き換えに敵に突っ込む作戦だ。その作戦自体は軍が統率していたわけだが、基本的には志願制だったという。その志願というのは、記名申告によって“否”“希望”“熱望”と三種類あった。という証言や、パイロットが一列に並ばされ、希望する物は“ 一歩前 ”に出るように。などの選考方法があり、一応強制ではなかったという話だ。

ただ、大戦終局切羽詰まってくると、上官より「行くか行かんのか!」と叫ばれたり、希望する隊員を見て自責の念で本意ではなく希望した隊員も多かったという。

当然、不本意ながら希望し特攻作戦に参加した隊員もおり、その隊員はわざと飛行機の故障を演出したり、敵と会敵せず理由を付け引き返してくる隊員も居た。生還の見込みがない特攻作戦で帰還者が居るということは、大本営の戦果発表の信頼や、軍の士気が低下する恐れがあるという理由で、生還した隊員たちはこの振武寮に入寮。事実上監禁された。

振武寮は周りを塀に囲まれ、塀の上には鉄条網が張り巡らされていた。さらに小銃を持った歩哨巡回していた。寮は2階建て1階は下士官用、2階は将校用になっており8畳ほどの畳部屋に2名が収容されていた。

振武寮へ入寮後も隊員の待遇は悪く、外部との接触は禁止され、隊員の家族すら帰還を知らされないまま葬式を出されたこともあったという。

入寮中の隊員は毎日反省文の提出に加え、軍人勅諭の書き写しと暗唱、写経などの洗脳ともいえる精神の再教育的要素が強かった。JR西日本の日勤教育もびっくりなブラック度だ。

さらに、上官からの詰めも半端ではなかったらしく「卑怯者!」「人間のクズ」「逝った特攻隊に申し訳が立たん!」などと特攻隊員でもない上官が偉そうに怒鳴っていたという。そんなストレスから自殺する隊員までいた。そして、文字通り上官の最後の殺し文句が「俺も後から追う(死ぬ)!」が常套句だったらしい。

 

実際にそれを聞いて出撃し 特攻作戦で命を落とした隊員もいた。中には本当に終戦直前に特攻機に搭乗し自ら後を追った上官もいたようだが、自分可愛さに約束を破り現代まで生き延びた上官もいたようだ。

そんな話を聞いていると、若いものや無知な人間に対して、強い立場を利用して内弁慶で責任を負わせ逃げ回っているのは、今の政治家や役人も基本的には構造が変わっていないようにも思える。 敗戦から何も進歩していない現状を見て、犠牲となった特攻隊員は草葉の陰で憂いているのではないだろうか・・

〔写真は今現在振武寮跡に建つ物件あって、振武寮とは関係ありません〕

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(2019)