【まともな】浅口市金光町「金光教本部」へ参拝に行ってみた。【新宗教】(3)

全国裏探訪取材班は、岡山県浅口市金光町「金光教本部」にやってきた。今回はいよいよ総本山の敷地内へと入って行こうと思う。一体中はどんな感じなんですかね。

門前町であるアーケードから中へと入って行こう。

「金光教本部案内板」

金光教の本部の敷地は他よりも1段地盤がかさ上げされており、地形的には緩やかな勾配の裏山の地形を生かした感じとなっている。

「金光教本部」

「修徳殿」

門をくぐると、1925年(大正15年)に竣工した収容人数約1,000人の御堂のようなものがある。修徳という名前の通り、信徒の研修の施設らしい。ようは修行の施設か。

「境内休憩所」

「本部広前会堂」

これは会堂という物件。金光教の神を祀っている建物らしい。なるほど、ここが金光教の中心的物件か。

ちなみにここの金光教の敷地は24時間365日解放されているのだという。さて、さっそく本部広前会堂の中へと入って行きましょうかね。ここは誰でも参拝できるらしい。

 

この会堂なかなか重厚感ある物件だな。1973年(昭和48年)7月20日に竣工され収容人数は約1,500人だという。

さて取材班は会堂の中に入った。靴を脱いで入ると、特段信者かどうかの確認は無く、誰でも入ることができる様子だった。

中の様子はこんな感じ。玄関の真正面に「天地書附」を掲示し「天地金乃神」と「生神金光大神」を祀っていた神前がある。正面左側には信者の霊を祀った「霊前」があり、そして右側には「結界」がある。

「天地書附」「生神金光大神 天地金乃神 一心に願 おかげは和賀心にあり 今月今日でたのめい」

金光教には天地書附というものがあり、これは明治初期の宗教政策で金光教教祖は布教差し止めが命じられた。宗教行為が出来ない教祖は、どうやって人々を救うため苦悩していた時、神から「生神金光大神 天地金乃神 一心に願 おかげは和賀心にあり 今月今日でたのめい」という言葉が降臨したらしい。この言葉は金光教の教えの神髄として全ての教えが集約されたものだという。

 

この天地書附は、いわゆるお札や御守りのように身に着けるものではなく、生活圏内のよく見える所に張り信心していれば神からの「おかげ」が頂けるらしい。天地書附は、この本部だけではなく全国の各教会の神前に掲げられている。

「金光教宣言 」「大いなる天地に生かされる人間として すべてのいのちを認め、尊び 神と人、人と人、人と万物が あいよかけよで共に生きる世界を実現する」

金光教では”あいよかけよ”というには、共に力を合わせようという意味らしいのだが、ある種の教団の合言葉なのだろうか。

右側の結界では教主が”取次”を行っており、信者ではなくとも、だれでも取次をおこなうことができるという。次回はその様子を少しご覧いただきましょうか。

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(2021)