【真四角の】魚津埋没林の隣「旭新地」と呼ばれた魚津遊郭を訪ねる。【遊里】(5)

 

全国裏探訪取材班は、富山県魚津市の「旭新地」こと「魚津遊郭」に来ているのだが、その探訪も今回最終回という事で、残りの物件を見て行きましょうかね。

前回は田の字型の上側(北側)を西側へと歩いて来た。ちょうどココが北西の一角だ。さてここから南下してグルっと一周していきましょうかね。

ここで全国遊郭案内の続きを見て行こうか。「目下貸座敷が十九軒あつて、娼妓は約五十人居る。(続)」

メインの大通りを突っ切り南側のエリアへと入っていく。この写真にも縄張りの外側に小川っがある。今となっては完全に干上がってるんですけど、当時は遊郭内と外界を分ける結界だったわけか。

さて、ここからが南側の路地裏へと入る。もう廃娼されてからかなり時間が経過するのでここからの展望では面影が薄いか。

「店は陰店を張つて居て、娼妓は全部居稼ぎ制で送り込みはやらない。遊興は時間制で廻しは取らない。(続)」

現在はこんな感じで虫食い感が目立つな。妓楼の裏の中庭が見えるかと思ったが当てが外れたな。

ただこんな感じで、ブロックの意匠には菱形の模様が使われて居たり、場所柄に合わされた感じが無くもない。

大正時代ぐらいまで、この魚津遊郭の周囲は田んぼの中に隔離されていて、造成されていた土地なんで堀が残っている。

魚津遊郭の南の路地裏をぼちぼち歩き、田の字型の遊廓下側(南側)を東側に歩いてくるともう魚津遊郭の探訪を終わりを迎える。

「費用は一時間遊びが二圓、引け過ぎからの一泊が四五圓程度、臺の物は附かない。税は消費額の一割。藝妓の玉代は二時間一座敷で二圓四十銭。附近には鯛あみ、水族館の見物がある。」

もうこれで何もなく終了かな。と思った魚津遊郭なのだが、最後にこんな感じの丸窓を発見。当時の物かは分からないのだが、こういう当時っぽい意匠が残ってるっていいよな。

ちなみに、この丸窓があったのはこの物件の裏部分。やはり前回に見た妓楼っぽい物件の裏側にそれは存在している。

まぁ対して見どころも少ない「旭新地」こと「魚津遊郭」だったんですけどいかがだっただろうか。見どころは少ないが、遊郭探訪の手本みたいな縄張りだったりもするんで、近く来たら寄ってみてもいいかもしれんな。

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(2020)