【日本で唯一】市民も標的、先鋭的武闘派ヤクザ「工藤会」の事務所を見てきた。【特定危険指定暴力団】≪動画あり≫(2)

全国裏探訪取材班は、修羅の国、北九州小倉の最教DEEPスポット。工藤会事務所に来ている。今回取材班は映像を収録してきたので先ずはそちらからご覧いただこう。

≪工藤會総本部≫

映像をご覧になっただろうか。基本的に平時は映像の撮影などははばかられる被写体なのだが、このようにカメラに収めることができた。勘のいい方はお気付きだろうが、この工藤会事務所は現在構成員などは居らずもぬけの殻になっているという。

正門は閉じたままだ。

「KUDOUKAI KAIKAN」

誰もいない工藤会事務所。

実はこの事務所、4年ほど前から改正暴対法に基づきこの事務所は使用制限命令を受けて構成員(組員)の利用が厳しく制限されている。

窓のカーテン類は一切閉め切れれており、中の様子をうかがい知ることはできない。

その法改正の発端となったのは、工藤会自身の凶暴性だった。工藤会はその凶暴で横暴な性格から、世間からも危険団体と認識されるようになった。特に有名なものは、1988年(昭和63年)中華人民共和国在福岡領事館を散弾銃で攻撃、それに端を発し、小倉の繁華街では中国系の経営者の飲食店飲み屋を一斉攻撃。1994年(平成6年)パチンコ店や役所を連続的に銃撃。その後も商店を中心にみかじめ料を要求し断った店に対しては容赦なく嫌がらせを敢行していた。

刑務所を思わせるような高いブロック塀が印象的だな。

数年間放置されているため防犯カメラも寿樹に埋もれている。

嫌がらせの最初は糞尿をまき散らしたり、それから銃弾を撃ち込み、最後は放火まで何でもありだったようだ。そんな過激化する同会に対して、2000年以降警察はじめ行政が暴力団撲滅に乗り出した。するとその過激さは一層強まり、警察官舎内の乗用車に爆弾を設置、暴力追放を掲げた市町村の首長を襲撃、挙句の果てには暴力団反対を掲げたカタギの経営するナイトクラブに手榴弾を投擲多数の被害者を出した。

 

事務所正門

そんなこともあり、2004年(平成16年)改正暴対法が成立。指定暴力団から“特定危険指定暴力団”となった。当時のアメリカ合衆国財務省も「“世界最大の犯罪組織”にあたる“ヤクザ”の中でも最も凶暴な団体」として監視対象となった。当然県警からの締め付けが厳しくなり、この時期から工藤會壊滅に向け動き始める。

正門右にある勝手口

工藤会勢力範囲は福岡県、長崎県、山口県で最盛期は準構成員を含め1300名以上がいたようだが、2011年(平成24年)には1020名。2015年(平成27年)には810名。またこの時点で、構成員の3割ほどが服役中になっていた。2017年(平成29年)は660人。そして最新の統計では県警の“頂上作戦”と言われる最高幹部らの逮捕や、構成員の離脱や社会復帰の就労支援があり、推定約370名まで構成員を減らしている。ただ、中には元暴力団ということで社会に受け入れられず、生活基盤を失い原発で働く者や、生活苦で自殺する元組員もいるようだ。

次は、事務所の細かいところ見て行きたい。

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(2018)