【限界集落】にみる「一人暮らし」の老婆の「孤独」な最後を取材する【高齢化社会】(2)

全国裏探訪取材班は、鹿児島県霧島市に来ている。超高齢化社会に突入したとある村を訪ね、老婆に出会い家に招かれた。そこでは現状の日本の問題が炙り出された。

おもむろに老婆は冷蔵庫を開けだした。ただ、冷蔵庫のサイドポケットには生活感がなく、ほどほとんど何も入ってない。

そして冷蔵庫の中はほぼ空っぽに近い。ちゃぶ台にあったトイレットペーパーで覆われた食事に、使われていないキッチン用品、冷蔵庫で冷やしているのは紙パックの飲み物・・・一体どういうことだろうか。

その後、風呂場にも案内された。ここから外に出られるよと知らせてくれているようだが、何の意味もない。バタバタバタバタバタ・・いったい何回ドアを開け閉めしているのだろうか。壊れたドア・・いや、老婆・・。

浴槽は長い間使われておらず、サビやホコリだらけ。洗面器も汚い水が溜まっていた。ここで、顔を洗うジェスジャーをしていたので、この水で顔を洗っていると見て良い。やばいな・・

キッチンと風呂場をつながる通路は荷物だらけ。そう、もうこの老婆は見た目こそ非常に元気な老婆なのだが、極度の「認知症」らしい。自分で自分の意思をもって何をするなど計画などできない。我々は何者なのかもわかっていないのだろう。

「アルツハイマー型認知症」だろうか。急に飲み物を飲み始めたり、ピアノを弾いたりなどの衝動的行動や、同じ商品がたくさんあったりなどの事象が見られた。

自分が誰なのか認識できなかったし、トイレットペーパーで覆われていたご飯は訪問介護士などが提供しているのだろう。その他は乾燥したお菓子やパンなど比較的に簡単な食べ物しか周りになかった。かなり厳しいな。

もしかすると喋れないのもこの認知症特有の「失語」と言う現象なのだろうか。喉には手術後が見られず、付近に置かれているものを見ても初めから喋れなかった様子ではなさそうだ。少なくとも軽度の部類ではない。

 

ここを出てから近くに住んでいる老夫婦に聞いた話だが、昔このババアは保育士だったようだ。未婚で母親と暮らしていたが、母親が亡くなり、やがて10年以上前から認知症を発症。もう自分が誰かわからず、郵便物も受け取れないレベルなのだという。雨でもただただ意味もなく近所をただ徘徊することが日課の状態らしい。

身寄りもほとんどなく、親戚も月1回来るか来ないかなのだろう。ケアマネジャーがたまに訪問する程度らしい。どうも体は動かしているだけあって元気そうだ。

我々取材班はこの老婆に同情などしない。なぜならば、ここで生きることを選択したのは彼女であり、変化をしないことも選んだのは彼女自身であるからだ。

よく最低だの可愛そうだのと、人の心配をすることがあるが、逃げ出すことだってできるわけだし、若ければ体一つでも何とか生きていける。その死の瞬間が訪れるまでどういう生き方をするのかは本人選択次第である。

 

彼女は自分という自覚がもう既にないからいわゆる「ゾンビ」と同じ状態ではんかろうか。こういう最後を迎えたいなら好きに選べばいい。変わりたい人間はリスクを追ってでも死物狂いでも変わろうとする。どっかの社会主義国の脱北者だって同じだ。命という危険を冒してまでも国境を超えるのは同じことが言えるのだ。

話は逸れたが、結局これが老人ばかりの限界集落に起きる悲劇であり、将来たくさん見るであろう現実がここにある。将来こういった老人を誰が看るのか。そして支えるのは誰なのか。人口減少に高齢化社会に歯止めが効かないこの状況を今一度考えてみるのもよかろう。もう既存のやり方では通用しない。

(2020)

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