【不法占拠は】大阪国際空港真横の「中村地区」は今どうなっているのか。【三十万文の得】(2)

 

全国裏探訪取材班は、大阪空港(伊丹空港)真横の「中村地区」は今どうなっているのか。ということで調査を開始した。

「猪名川河川敷」

古の昔からここは猪名川が流れ、荘園があったり神社仏閣も多くあった良い土地らしいのだが、近代になり空港建設。

そして、その労働力にあろうことか朝鮮人労働者を雇い入れたばっかりに、空港の騒音や排気ガスさらには朝鮮人まで居座られて土地が穢されてしまった。これが現在の様子だ。

「1961年(昭和36年)中村地区空撮写真」

こちらは、戦後15年ほど経った時の中村地区だ。この頃にはバラックも区画化され本格的に朝鮮人が住み着いた感じだな。きっちり集落が形成されていることがわかろう。

「2007年(平成19年)中村地区空撮写真」

そして、時は50年弱ほど過ぎた中村地区の様子だ。空港がかなり手を入れられ燃料庫のようなものが設置されている。で、ここで上の1961年の写真では気付きにくかったことなのだが、2007年の様子だと空港の土地に朝鮮人の集落が食い込んでいるのがお分かりだろうか。そう、もちろんここは不法占拠なんで空港の国有地をガッツリ居候してるんですよね。ゴキブ●のように棲みついてしまっている。

「2007年(平成19年)中村地区拡大空撮写真」

で、こちらが拡大図だ。実は取材班かつてここのバラック街を取材したことがあったのだが、当時はカラーネガフィルムで取材していたんですけど、そのフィルムを無くしてしまったんですよね。何せ大量で・・当時はデジタル9割アナログ1割ぐらいだったんですよね。当時の思い出としては、とにかく臭かったってこと。あと、飛行機の騒音がものすごかったことだ。

※イメージw

これは同じバラックでもココの朝鮮人部落なのだが、イメージはこんな感じだった。ボロボロの家に雨漏りしながら朝鮮人が住んでいる感じ。しかも、防音対策も全くやっていないバラックで住むなんて普通の人ならば考えられない。

※イメージw

あ、普通の人じゃないんだった。まぁ半島へ帰ったら帰ったでやばいところなんで、意地でもクリーンな日本で逆差別受けながら暮らせるなら、こんなところも奴らにとっては天国なのかもしれんな。

 

「2014年(平成26年)中村地区空撮写真」

2000年代に入ると当該の行政区の伊丹市や兵庫県、国からは国土交通省がこの中村地区に住む在日朝鮮人(韓国人)と協議を行っていく。半世紀以上居座って我慢してやっと奴らもゴキ●リのような生活から抜け出せる機会が与えられた。

それはこの中村地区を引き払うとの条件で、朝鮮人が近接する桑津4丁目の市営住宅へ転居することだった。朝鮮には“泣く子は餅を一つ多くもらえる”ということわざがあるというがどうやら本当らしいな。朝鮮人からの一つの要求に応じると、それを既成事実としてさらなる要求をしてくるのが朝鮮の文化だということを忘れてはならないな。最終的に2009年(平成21年)に全朝鮮人の移転が完了した。

さて次回は、その旧「中村地区」は今どんな感じでなんでしょうか。最後じっくりと見て行きますよ。

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(2020)