【白人優越主義】「ザ・ペニンシュラ香港」イギリス軍の降伏現場で「アフタヌーンティー」を食す。【完全撃破!】(1)

 

全国裏探訪取材班は、香港に来ている。取材班は早速仕事を瞬殺で終わらせ、香港の観光?と言うか、いつもの裏探訪へと出かけることにする。基本的に世界へと言っても取材班のスタンスは変わらない。

「香港島」

この香港は1945年(昭和16年)12月8日から始まった日本軍による、香港に駐留するイギリス軍への一連の攻撃で僅か10数日で陥落、終戦まで占領統治を行っていた。

この戦闘は当白人優越主義が跋扈していた世界の秩序に対して衝撃を与えた。なにせ、白人優越主義の親玉である大英帝国を奈落の底に突き落とした事件だったわけだ。その戦闘終結を締結したホテルがこの香港に今でも残るので早速取材班は現地へと向かった。

「ザ・ペニンシュラ香港」

そのホテルと言うのがここザ・ペニンシュラ香港だ。ここはアヘン戦争後の1842年(天保13年)に結ばれた南京条約により香港はイギリスの直轄植民地となり入植がはじまった。

「尖沙咀地区」

1900年代の香港の市街地はCentral(中環)地区で、尖沙咀地区はどちらかと言うと田舎町だった。1910年(明治43年)には九広鉄路が完成し、現在の尖沙咀には3年後の1913年(大正2年)に開通した。

ここは九龍半島の先端で、現在のスターフェリー乗り場付近に駅が設置。そこには埠頭があり、世界中の船が停泊するため、海と陸の玄関口としてホテルを建設する場所に好適だった。そこで香港&上海ホテルズの創業者一員であるエリス・カドゥーリーによって、1922年(大正11年)に建設が始まった。

「THE PENINSULA」

一応住所も載せておきましょうかね。住所は〈22 Salisbury Road, Tsim Sha Tsui, Kowloon, Hong Kong〉

ホテルの建設が始まったものの、時は第1次世界大戦の混乱を引き摺っていた。1927年(昭和2年)にはホテルの敷地がイギリス軍に接収されたりと決して予定通りには進まなかった。

以上のような状況でだったためこのホテルの開業は4年遅れで、1928年(昭和3年)12月11日に開業した。このホテルは当時最先端で、客室約250室全室にバスルームとトイレが装備されていた。

 

現在でも香港を代表する名門ホテルとして、世界中の富裕層に愛されている。1階にはシャネルはじめとした有名ブランドが入居している。

「ロールス・ロイス」

余談だが、ペニンシュラ香港は1970年代から送迎車としてロールスロイスを複数台所有しており、ホテルと香港国際空港間の送迎で利用している。ボティカラーはホテルのイメージカラーの緑色だ。さすが宗主国様のホテルだ。実にお大尽。

そして、1941年(昭和16年)12月25日にこの香港で抵抗していたしたイギリス軍は日本軍に降伏した。その降伏文書の取り交わしがこのホテルで行われたのだという。

さて、次回はいよいよザ・ペニンシュラ香港へと入っていきましょうかね。このホテルは「アフタヌーンティー」が有名だという。たべいこー。

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(2020)