【背徳の】三重の桃源郷「渡鹿野島」を現地取材する。【売●島】(8)

 

全国裏探訪取材班は、三重県の売●島「渡鹿野島」のシンボルでもあるシーサイドホテルつたやを建設した女君主岡田雅子の物語を一部取り上げている。

一代で瞬く間に栄華を築いた岡田だったが、没落もあっと言う間に訪れることになる。

まず初めに厳しさが影を落とすようになったのは、バブル崩壊。これが大きかったのだという。ただ、不況にはある程度耐性があるのが性産業界隈。身の丈以上のバブリーな生活が忘れられず、若くして借金に苦しめられ売られてきた女が次々に流入してくる。

今でもロビーには当時の残骸が残っている。フロントカウンターの上にはウサギの雌雄のオブジェ。そういや、ウサギって繁殖力強かったっけな。。で、岡田らは不況に陥ってもなお、このホテルでは夜な夜な秘め事が盛んにおこなわれていたという。

ただ、時間が経過するにつれ時代は管理売●を許さない世相になってくる。地元自治体、三重県警は浄化作戦を次々に実行、徐々に追い詰められていく。

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それでもなお、岡田らは渡鹿野島の管理●春を確立した張本人であり、さしたる産業も無い小島に性産業とはいえ儲かる産業を定着させ元々の住人達にもある程度の潤いを与えていた。しかし、一人勝ち状態の岡田らつたやを良いように思わない人々がいるのもまた事実だった。

2000年(平成12年)、一人勝ち状態だったつたやの財産を狙って事件屋がコンサルタントを装い岡田に近づく。岡田らは財産は有ったが、既にその頃のつたやは空室も目立ち厳しい経営状態でまさにじり貧の様相だったのだという。

“馬痩せて毛長し”じり貧の岡田らは経営再建にコンサルタントに相談するも、そのコンサルタントも所詮は財産目当ての事件屋と言う名の詐欺師だった。これで岡田らは財産は食い散らかされ持ち逃げされ、完全に丸裸になってしまう。

その時期、岡田らは目の前の系列店「パラダイス」で博打場まで開き起死回生を図るも時すでに遅し“天網恢恢疎にして漏らさず”。決して天罰を逃れることは決してできないのだった。

 

女君主岡田が築いた城も、伊勢志摩サミットを前に様々な浄化作戦でとどめを刺される形になり壊滅。最終的に廃業しもぬけの殻になってしまった。それからというもの、良くも悪くも渡鹿野島の求心力だったつたやが無くなったことで渡鹿野島全体の性産業が急速に矮小化していった。

つたや壊滅後は、日本人のホステスはほぼ姿を消し、一部東南アジア系のホステスのみが10人ほどになり細々と商売が続いていたのだという。

「Caffe&Snack 再会」

最後まで営業していたというのはこの再会と言う店だったらしい。この再会と言うネーミングは“再開”と言う意味も込められているのかもな。

さて、岡田らのエピソードはこんな感じ。まだ渡鹿野のすべて見たわけではないので次回以降もお付き合いいただきますよ。

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(2019)