【背徳の】三重の桃源郷「渡鹿野島」を現地取材する。【売●島】(7)

 

全国裏探訪取材班は、岡田雅子らが築き上げた売●島「渡鹿野島」の夢の跡を散策している。今回もそんな小さな島の壮大な物語を掘り下げて行きましょうかね。

この黄色い物件が、●春島に仕立て上げた女君主岡田雅子の一番初めの本拠地という事は前回お話しせていただいた通りだ。ちなみにN氏曰く、現在この通りに面するパラダイスと言う店がかつて青い鳥だったらしい。入れ替わったという訳か。

「当店は十八才未満の者の午後十時 (十六歳未満の者に当たっては午後六時) 以後の立ち入りは禁止させております。」

2階を覗いてみる。部屋の窓が見えるのだが、そこにはウインドウエアコンがはめられている。中には洗濯ものが今でも干されて居たり、生活臭がぬぐえない。岡田雅子もここで過ごしたのだろうか。

青い鳥の前には青いビニールに覆われた怪しい物件もありますよ。てか、このビニールに囲まれたスナックの残骸を見ると、ココの連れ出しスナックを思い出すな。

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で、この岡田雅子と言う女、なかなかのツワモノだ。1971年(昭和46年)、三重県警が渡鹿野島での●春の捜査に繰り出してきた。その当時、陣頭指揮を執っていたのは特別捜査班係長の警部補芥川時雄だったのだが、岡田は芥川を懐柔。事もあろうに情を交わし親密な関係となっていく。

そこから岡田と芥川の最凶ペアで管理売●の商いを加速していくことになる。この物件は当時岡田と芥川が本格的に商いを始めた「スナック 司」があったところだ。

「LOVE&LOVE ラブ&ラブ」

まさに、ラブ&ラブ。相思相愛だった岡田と芥川。女君主岡田は芥川の豊富な警察の知識と経験、法律の抜け穴を利用、芥川はそれまでのヤクザとの繋がりや知り合いブローカーを利用し事業拡大して行く。なかには。ヤクザが借金漬けの女をこの島の置屋に売り飛ばしたり、それらの苦痛から逃れるため船を使わず泳いで逃げた女も居たという。そんな、なりふり構わぬやり方で金を稼いでいたという。これはひどい。

そして、置屋業で一山当てた女君主岡田が1984年(昭和59年)のバブル真っただ中、その集大成として空前絶後の大ホテルを建設することになる。それがこの物件。

 

「シーサイドホテル つたや」

シーサイドホテルつたやだ。この物件は約40室を超える客室を持ち当時の渡鹿野島の中では最大の宿泊施設だったのだという。

しかもその立地は、渡し船を降りると即ホテルと言うこれ以上ない立地だ。今でいうウォータフロントのリゾートホテルと言ったところか。しかも女付きw

「三重県 料理店 公安委員会」「三重県公安委員会許可済 風俗営業の店 三重県風俗環境浄化協会」

玄関にはいまだに、料理店との銘板や、風俗営業のステッカーが貼られている。やはり、この物件でソッチ系の営業をしていたのは事実らしいな。

バブルと相まり警察OBも見方につけ、更にシーサイドホテルつたやの竣工で、女君主岡田は渡鹿野島の性産業のトップに君臨していたわけだが、実はその絶頂こそ崩壊の始まりだった・・・

これ以降も物語は続く・・

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(2019)