【1泊】徳山の「みぎた旅館」実は徳山海軍燃料廠の将校宿泊所だった件【3000円】≪動画あり≫(3)

全国裏探訪取材班は、徳山の激安旅館「みぎた旅館」に泊まった。土日祝にもかかわらず宿泊客が少ない影響があってか、快適な一夜を過ごすことができた。

一夜明けた「みぎた旅館」。さっそく明るくなったところで昨日みられなかった館内の部分を拝見していたところ、女将さんが現れた。そこでこのみぎた旅館の沿革についてお話を聞けた。早速映像を交え見て行きたいと思う。

≪みぎた旅館外観映像≫

これはみぎた旅館の南から西側で撮影した外観だ。妙に塀が高いとは思わないだろうか。ほぼ中の様子が伺い知れない構造になっているのが分かると思う。そう、現女将の話によると、ここはかつて「松重旅館」と言い徳山海軍燃料廠の将校の宿泊所だったらしい。

軍関連の施設だったので、一般人が見られないように塀が高いんだな。

これはおそらく2mほどある。

塀は90度曲がり、西側にも健在。現在は塀の奥に建物が拡張されたため、塀と建物の間の間隔が狭くなっている。後ろの白い建物の一階が取材班が泊まった風呂などが増築された部屋だ。

今は現代風にサッシがはめられているが、和風の丸い窓は今でも健在。当時からの物かは分からないが・・

外観などを見ても妙に凝った造りをしていることもわかる。さすが将校様御用達と言ったところだ。

足元を見るとタイルが貼られている。これはおそらく当時からのものだな。あの時代にハイカラな意匠を凝らすところも、グローバルスタンダードの海軍ゆえか。

 

こういった古い建築物でも、改装に改装が重ねられ、地面などは往時のものが残っていなかったりもするが、みぎた旅館は「松重」と言われていた時代から変っていないようだ。

外から見た、南館2階の様子。ここから徳山海軍燃料廠までは約500m、当時は2階建ての建物や高いビルがなかったため海軍の施設が見渡せたのであろうか。

これは当時の徳山海軍燃料廠の絵葉書。もしかするとこんな風景が見えたのかもしれんな。

西側の勝手口には市ヶ谷の旧陸軍士官学校本部のようなハイカラな建築様式も少し含まれている気もする。

 

ま、そんなこんなで、屋号こそ、「みぎた旅館」になってしまった当物件だが、まだまだ当時の「松重」の面影を残す。

次回は昼間に撮影した、館内の様子を動画を交えお伝えしよう。

この記事は全4ページあります!次のページはこちら!

#山口県 #周南市 #レトロ #軍事 #マニアック #これはすごい #歴史 #動画あり

(2019)