【消えゆく】かつて東洋一言われた大刀洗陸軍飛行場の「掩体壕」と唯一現存する「零式艦上戦闘機32型」を見に行く。【戦争遺跡】(2)

 

全国裏探訪取材班は、福岡県大刀洗町にある大刀洗平和記念館に来ている。ここには唯一現存する「零式艦上戦闘機32型」が展示されている。

「Y2-128」

この裏探訪をご覧になっている教養ある読者は、いまさらこの機体を説明するまでもないと思うが。零戦(三菱零式艦上戦闘機、通称ゼロ戦)とは大東亜戦争開戦当初から実戦投入されていた艦上戦闘機で運動性が軽快で格闘戦に強く、しかも20ミリ機関銃の重武装だった。

英米からは“ゼロファイター”として恐怖に陥れた。開戦一時期、余りにも一方的な敗退で米軍は“ゼロとはドッグファイトするな”とまで通達されていた。やるな。大日本帝国。

しかも、運動性の素性が良いと言うことは空力特性もとても良く、2,200km超という超大な航続距離でまさに神出鬼没だった。

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この32型は零戦の事実上の性能向上版で343機が生産された。搭載エンジンの換装による出力向上、そして、よく見ると主翼が途中で切られたように角張っている事が分かるだろう。これられより速度と横転性能を向上させることを狙っていた。まあ、零戦に関して記載しだすとキリが無いため、コチラコチラにどうぞ。

主翼に描かれた日の丸

現存するこの32型は、この機体は1941年(昭和16年)川崎重工名古屋工場にて生産された。尾翼に書かれたY2-128の“Y”は第二五二海軍航空隊長柳村義種大佐のイニシャルだ。

あの当時にしては、なかなか粋だな。1943年(昭和18年)遂に米軍の反撃が始まると二五二空はタロアへ転進。この零戦32型と優秀なパイロットは多くの米軍機を撃墜。戦果を上げた。

ボロボロになったコックピットも覗く事ができる。

1975年(昭和53年)マーシャル諸島タロア島にて爆発物処理中に比較的状態の良い本機を発見。1983年(昭和58年)福岡航空宇宙協会が所有者と交渉し獲得。日本に移送されることになった。

 

日本に移送することになったのだが、途中サイパン島にて大戦中の遺品の輸出を禁止する法律があり、おうじょうしたようだが、同年3月40年ぶりに祖国に帰ってきた。

帰国と同時に、当時のパイロット、製造現場にいた旧軍族などか招集されレストア作業が始まりほぼ現役時代の出で立ちまで戻された。当時はまだ大戦経験世代が多く、これらの発見から移送、レストア完成まで非常に熱心に、しかも民間で行われ戦争遺構を守り抜いたのは特筆に値するだろう。

次回は、大刀洗陸軍飛行場に存在する、零戦などの戦闘機を敵から守るための掩体壕を探しに行く。

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(2018)