【能登半島の】多種多様な信仰。舳倉島を一周する。【先の先】(2)

 

全国裏探訪取材班は、日本海に突き出た日本海側最大の半島だ。その半島のさらに先にある“孤島”が今回の取材先「舳倉島」だ。取材班は東京から北陸新幹線・在来線・バスを乗り継ぎ輪島まで6時間。船が一日一本の為輪島で宿泊。そこから航路で1時間半をかけて舳倉島に上陸した。

ちなみに東京から舳倉島までをgoogle検索にて経路を調べたが出てこない。輪島までは出るので、輪島まで検索。そこからは手動でググってください。

舳倉島港の様子。

舳倉島の衛星写真。

ここで舳倉島の概要をざっと説明しておこう。今更だが舳倉島は、へぐらじま。と読み、本土側の住所である輪島市海士町に所属している。島の周囲は約5Km、面積は0.55平方Km、最大標高は12.4mで山はなく。基本的には平地となる。

島の人口は、2010年(平成22年)の調査では、総数110人。男47人、女63人。世帯数は46という。

住人の多くは本土側の輪島港周辺に本宅があるらしく、夏は漁で一時的に人口が増えるという。取材班は冬に来た居るわけだが、冬季は殆どの住人が輪島へ行くという。なので今は家屋に割に人が少ない印象を受けた。

港や家屋の密集している部分は衛星写真で見ていただくとわかると思うが、島の南西、つまり本土側で、これは冬季における北風や塩害から船や家屋を守る為だ。それにしてもズタボロだなw

公共の建物を除けば、雨風を良ければ充分の為、鉄筋コンクリート造の建物は殆どなく、ずいぶん安普請な木造建築が目立つな。

設置される家屋の受信アンテナ類は無論輪島を向いているが、八木アンテナの素子が取れ、回路もむき出しになっていた。家屋のディティールを見てほしい。安普請なのが分かるだろう。

 

取材班はさっそく島を一周しようと思い、道を南下するが裏探訪取材班がいつもお届けしているようなスナックや飲み屋などは一軒もない。そりゃぁそのはず。基本的に定住者は居ないためソレ系の娯楽はない。もちろん、商店街はおろか小さな商店もない。一日一便の定期船で賄われているだけだ。

生産性はの99パーセントは漁業の為、そのたぐいの設備は内地と変わらんな。港のすぐ陸側に家屋がある。

奥に生活空間と思われる母屋、それから港に近いところに倉庫が建つ。これが舳倉島のスタンダードな構成。

謎の手袋。少し不気味な気もしないでもない。

 

井戸と思われるものも倉庫前にあった。

島に自動車はほぼ無く、移動はもっぱらこの積載能力の高い三輪車。島内は5キロだが、事実上の生活空間はこれで事足りるだろう。おや、老男女が仲良くデートか。

港から遠くなると住居エリアは途端に荒んでくる。もう室内にまで自然の手が延びている。もう住めんな。

骨組みだけになった倉庫。のようなものもあった。上物は風でぶっ飛ばされたのか・・

 

家屋の北側となる裏は風防の為、沖縄のように石が積まれているな。平地だけの離島なので仕方ないな。

取材班はもうすぐ住居エリアを抜け、島の南端部分に到達する。次回はそこからお伝えしようか。

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(2016)