全国裏探訪取材班は、大東亜戦争時本土決戦に向けて建設された「松代大本営」がある長野市の松代へ足を運んでいる。現代でもド田舎のココに80年も前に、国家の中枢機関をここに移動するなんて今考えればばかばかしい話なんでしょうけど、当時としては相当切羽詰まっていたんでしょうね。
「松代象山地下壕鳥瞰図」
案内板には山の中に張り巡らされた地下壕の図が書かれていますよ。これはすごいな。
さっそく象山地下壕に入っていきますよ。計画ではこれらの地下壕に大本営初め政府中枢機関、皇居御在所、日本放送協会、電話局、などの施設などが作られる予定だったという。すべての地下壕の総延長はおよそ10Kmだ。
他の関連施設としては盆地部及び周辺の山には、軍の絵宿営と演習場、ラジオ送受信施設、長野飛行場の拡張などが伴う一大遷都の計画だった。
建築に当たっての労働力は主に、徴用された日本人労働者や内地や外地から動員された朝鮮人労務者が中心となっていたようで、中には周辺住民による勤労奉仕隊も居たようだ。
建設に方法は、ダイナマイトを用いた作業だったようで、ダイナマイトを発破し崩れた石屑をトロッコなどを使い運び出している方式が主だったようだ。人海戦術っとしてモッコやツルハシを使っていたそうだ。当初は8時間の3交代、工期が遅れだしてからは12時間2交代になったようだ。完全な3K。これはひどいな。
この作業が1944年11月11日から終戦の翌8月15日まで続いたわけか。終戦時の進捗は約75%ぐらいだったらしいのだが、終戦後は掘った穴を埋めるわけでも無く工事はストップ。放置プレイ状態だったんですよね。その後、地元の高校が平和教育と称し保存運動が生まれ、地下壕内を補強工事を施し1990年(平成2年)に一部公開をした。
「朝鮮人犠牲者追悼平和祈念碑」
とまぁ、保存活動はいいんですけど高校の平和教育とかいう事で意味不に朝鮮人の慰霊碑なんかもできてたり、意味の分からない方向に行ってしまっているんですよね。
「不戦の誓い」
「松代象山地下壕」
不戦の誓いとかいう石碑もあったり・・“不戦”や“反省”、“平和”などを隠れ蓑に朝鮮人への盲目的な謝罪の文章が織り込まれて居たり。マジでキ●ガイ左翼だ・・
「――朝鮮人の人々が労働者として“強制的”に動員され――」
ここには“強制”というワードも書かれていますよ。実際には日本人の勤労奉仕隊以外は賃金をもらっていた。しかも飯場からは地下壕内労働は白米7合、外は白米3合、その他穀物などと他の現場よりも破格の待遇だった。
現地には「折り鶴等を捧げるのはご遠慮くだい。」と書かれているがこのような折り鶴のイメージだ。今となっては関係ない現代の学生に敗戦国根性を植え付けた挙句、好待遇だった朝鮮人はウリは戦勝国!強制を謝罪しる!とイキリまくり、それに盲目的に折り鶴を持参し謝罪する日本の学生たち。マジでどっちも頭おかしいですw
近くには「もうひとつの歴史館・松代」とかいうガッツリ反日のプロパガンダ施設なんかもありますよ。そこには在日コリアンへの差別がどうの。とか、やたら左翼のポスターでの宣伝コーナーだったりとかなり酷く怪しさ満点だった。
奇しくも、戦中の「松代大本営」がこんな反日プロパガンダに利用されるなんて思いもよらなかったでしょうね。日本を守るはずだったものが、日本を貶める材料になろうとは・・・読者の皆様も長野へ行った際は、幻の遷都跡「松代大本営」こと反日極左謝罪スポットへ行ってみては。
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(2008)