【強制連行】朝鮮人中国人の強制連行による建設工事なんかじゃない!松前線跡と未成線を辿る。【嘘八百】(3)

全国裏探訪取材班は前回まで、木古内駅から松前駅まで50.08Kmの廃線をを辿って来た。

この松前線は、1912年(大正元年)の計画より1953年(昭和28年)の全通まで実に41年の歳月が掛かった。そしてそこから、1988年(昭和63年)の廃止まで35年という、計画・着工・完成の期間の長さと供用期間の短さは何とも悲しい話だ。

そして、第2次廃止対象路線に選定され、基準を満たしたり満たなさなかったり。詳細はココへ。「乗って残そう運動」などもあったが、利用者の減少は収まらず廃止となった。

そこもではよくある話かもしれないが、この松前線は未成区間が存在する。

1970年代に地図には松前から先に原口(大島駅)までの24Km、青色で未成線が描かれているのが分かる。

今回はこの部分を紹介したい。この原口周辺に1939年(昭和14年)よりマンガン鉱山が操業し、そこで採れる希少鉱物をこの未成線部分を合わせた松前線で運ぶ寸法だった。
しかし、戦争激化で中断、その後は手つかずになった。今現在は農道や国道228号線の一部に転用されている。

 〔41°26’12.0″N 140°03’49.2″E〕折戸浜キャンプ場近く、橋脚と路盤。松前駅から北に延びる未成線。もちろん橋梁はなくレールもない。

 〔41°26’16.4″N 140°03’41.7″E〕同じく折戸浜キャンプ場近くの橋脚。朝鮮半島から出稼ぎに来た人間がせっせと作ったのだろうか。使われてないけどw

 「館浜自警団」と書かれた倉庫がある。これまた自警団とは半島対策ですかね?(笑)

倉庫左側には津波対策の避難路でしょう。今風ですね。

 〔41°27’18.2″N 140°02’09.9″E〕ひたすら何もない国道を未成線と旧国道を並走しながら北上していく。このエリアの未成線は農道として転用されている。

 〔41°28’41.0″N 140°01’35.9″E〕松前町赤神付近の橋脚跡。

未成線ですが一応駅が松前駅-館浜駅-小島駅-江良駅-大島駅(原口)になっていたようです。

 

 〔41°28’52.3″N 140°01’31.9″E〕「松前町立 小島小学校」地形を見る限り、未成線は国道に転用されている感じがする。ここの小島地区も松前駅と大島駅(原口)駅のほぼ中間に位置し駅の候補地に挙がっている。

未成線区間もついに前半が終了した。次回は未成線部分の後半をお届けする。

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(2016)