【唐津炭田】「三菱古賀山炭鉱」の跡を探る。【近代日本遺産】(1)

 

全国裏探訪取材班は、佐賀県多久市に来ている。ここにはかつて江戸の時代から存在していた炭鉱があったことはご存知だろうか。なぜこの地に鉄道が通い、そしてこの地はどういう意味があったのか確認するために調査しにきた。

多久市は佐賀県の中でも最も人口が少ない市である。かつてこの街は冒頭でもお伝えしたように石炭で栄えた町である。元々個人レベルで石炭を掘っていたのだが、幕末に諸藩が経済政策の為に藩営となり、明治に入り船舶の燃料として海軍の直轄として栄えた。

この炭鉱は石炭から石油へのエネルギー革命が最終的な影響があったものの、その前に衰退していった炭鉱であった。元々この一体には”杵島層”と呼ばれる良質な石炭が取れたそうだ。ではまず近隣の駅周辺から調査をしてみる。

ここはJR唐津線多久駅からすぐのところであるが、昼間というのにほとんど歩いている人がいない・・・

早速作りが古そうな旅館を見つけた。この辺りにはビジネスホテルが見当たらない為、そういったユーザーを迎え入れる場所だろうか。近くに寄ってみる。

「富亀和旅館」

訪ねてみたが、人の気配はなく物音もしない。とがわ旅館と読むのだろうか。

照明が抜かれているが、Wifiマークがあるところから、もしかするとこのコロナウィルスの蔓延防止の自粛によってうまくいかなくなった可能性は多いにありえるな。

シャッター街が並んでいるものの、かつては恐らく賑わっていたのだろう。こういった個人商店はやはり年をとって経営ができなくなったり、大型ショッピングモールの進出や商売人の死去などによってたちまちシャッターが降りてしまうのが言わずと知れた昨今の現状。

駄菓子屋が1軒開いていた。ここの老人曰く、近所の子どもたちの為に今でも開けているそうだ。カレンダーが2018年となっているのはご愛嬌。文字通り時が止まっている。

 

昭和の時代量り売りは基本だった。醤油や味噌やお菓子などは量り売りだった。パッケージングされていなかったので、そういった意味ではエコであったし、当時はいつも必要な分だけ買っていた。いまでは、いつの間にかエコがおかしな方向へ走っていっている。そういや我々が子供の時分は醤油を隣の家に借りに行ったこともあったな。

先程の通りからこの町の飲み屋街を歩いてみることにする。街頭も人通りもあまり見当たらないので、裏道のように見えるのはお許しを。

「小料理 島の内」

ちなみに多久市は山に囲まれた内陸の市であることは代わりはない。ここは喫煙用の灰皿が新しいことから今でも営業しているようだ。

「スナック 音(ねね)」

赤ビニールが怪しい、随分と煤けたスナックであるが、現在は営業しておりません。

 

「居酒屋 千加」

立派な屋根がついているものの、こちらも現在は営業していない。やはりこの辺りは観光客や宿泊目的の客が少ないことから地元の人間がメインの客になっているのであろう。その店もコロナでダメ押しのよう。

「カクテルハウス からつや」

googleマップ上営業しているよう。駅の近くであるがどうもこの辺りはまだ下水施設が整っていないようだ。細い路地になっているので、先に進んでみる。炭鉱の町っていいよね、明らかに町の規模より繁華街が大きめで見ごたえがある。「三菱古賀山炭鉱」は次回も続きます。

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(2021)