【神の】大東亜戦争時の「石油採掘事業」その成れの果てと顛末。【お告げ】(1)

 

全国裏探訪取材班は、またまたタレコミ頂戴していたので今回は静岡県富士市に来ている。実はこのタレコミ去年に提供していただいていたものなのだが、なかなか近くまでいくことがなく今更になってしまった。情報提供していただいた熱心な読者にはこの場を借りてお詫びしたい。さて今回はオカルト系というか神のお告げ系というかアホみたいなネタである。

まず。今回取材班が富士市のここだ。実は戦前ここ富士の麓で石油採掘が試みられたのだという。その場所はタレコミには誠信会という宗教っぽい社会福祉法人の敷地にあると聞いてやってきた。

「SEISHINKAI 社会福祉法人誠信会 誠信少年少女の家」

Google先生でタレコミに書いてあった法人名を打ち込むとまずここが出てきた。場所は静岡のローカル鉄道岳南電車の比奈駅から徒歩何分かのとこ。

なんてない、住宅地が立ち並ぶところなんですけど、ここなのか。とりあえず入って行ってみよう。

「齋藤記念ホーム 誠信少年少女の家」

やはり少し宗教っぽいのか、建物の屋根の上には多少宗教法人っぽい意匠があったりしますね。ただ断っておくがク創価学会のような嫌な感じはしない。

お、すると子供たちが施設内から出てきた。誠信会のホームページによるとここは学童保育とか児童養護、それから里親的なそんな事業を行っているらしい。まあ、このご時世世の中に必要なセーフティネット事業か。

この敷地内には墓地も併設されているようで、子供達の格好の遊び場になっている。

「故陸軍歩兵伍長川副・・」

タレコミによると、ここ富士市で戦前に神のお告げにより石油採掘が行われていたようだ。まあ、多少歴史に詳しい読者であれば大東亜戦争はアジア解放の戦いでもあり、それと同時に資源獲得の自衛戦争という側面もあった。

 

1930年後半(昭和10年ごろ)からアメリカ、イギリス、中国、オランダはABCD包囲網というもので対日膨張政策に対抗していた。当然その政策により石油も禁輸さていくことになる。

「新津油田」

当時日本国内で精油が採掘されていたのは新津油田という新潟県の油田だ。日本での採掘は当時から主に日本海側の一部地域に限られており、この静岡県富士市の太平洋側で開発されたのは当時ではここぐらいだったらしい。

ちなみに、この誠信少年少女の家の家の敷地内をいろいろ探したのだがあるのは宗教施設っぽいものばかりで石油掘削施設は見当たらない。

 

これは何かと思ったが神殿のようなものだった。いったい石油採掘施設はどこなのか。一向に見つからないので地元民にお話を伺おう。

近くを歩いていた壮年の女性に話を伺った。「昔ここで石油掘っていたときいたのですが、、」そしたら、「あ、それはここじゃなくてもっと富士山の麓の方ですよ。」と親切に教えて下さっさた。

よくよくタレコミも見てみると、同じ誠信会でも「ふくしの里」という違う場所だったようだ。痛恨のミスだったが、気を取り直して、次回はそのスポットへ行きますよ。

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(2021)

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