【黄金の国】「永野金山」は直轄地だった【薩摩藩】(2)

 

全国裏探訪取材班は、鹿児島県霧島市に来ている。「永野金山」という江戸時代から続く、薩摩藩が管理していた金山があると読者からのタレコミがあり、まずは金山周辺の町を探索している。

この金山は江戸時代当時に、金鉱石が発見されたことから薩摩藩が目をつけ、探索を開始し見事に掘り当てた。金山の申請を幕府にもしているが薩摩藩に委任との判断となったため、事実上薩摩藩直轄地となる。

通りの道には野良猫がたくさんいた。野生化した動物は人と出会った時通常は警戒心が強いが、この猫達は取材班に対しても人懐っこいことから、この辺りに餌付けをしている人間が存在すること、もしくは野良猫に餌をやっている家があることが想像できる。こういったインフォメーションは知らない土地では特に大事な情報源である。

その家はそんなに遠くなかった。かすかにテレビの音声が聞こえてくることから、まだ人がわずからながら住んでいるようである。生活はあまり裕福ではないようだ。

我々取材班はこういった探訪を行ってよく思うのだが、なぜいらないゴミを捨てないのだろうか。床下まで溜まっている。捨てるのが面倒な気持ちはわからなくもないが、ゴミを片付けるだけでも、精神状態も多少は前向きになれたりするものだが。

玄関の看板に珍しいステッカーが貼ってあった。どれどれ・・・「当家は浄土真家門徒につき、●からの宗教上の勧誘は固くお断り申し上げます」「宗教関係の宣伝、勧誘、物品販売 一切お断り致します」なるほど、過去勧誘が激しい地区でもあったのか。これは歓楽街に「暴力団関係者は固くお断り致します」というステッカーが貼られているのと同じ論理で、田舎の地区は地区外からの情報の共有が比較的に薄いため、特に昭和の時代はよく狙われていた。

背景の石積みの状態や、柱の劣化が激しいことから当時から残っている井戸の跡だろうか。今となっては誰も利用している様子はない。すぐ隣に金山はあり、今となっては比較的に小さい集落のようなので、金山に行くこととする。

先程の集落を抜けて5分ほどに炭鉱入り口があった。これが「胡麻目坑」の入り口である。車通りのある国道から近いということもあり、こちらは比較的に整備されている入り口のようだ。

山ヶ野金山とは異なり、入り口はきちんと石で覆われていて、入り口名も綺麗に整備されている。トロッコが使われたこともあって、足元も平らに整えられていた。

 

入り口上には「丸に十の字」の家紋つまり紛れもない薩摩藩の家紋である。実は鹿児島の島津家の所縁の地ではこの丸に十の字をよく目にかかる。鹿児島のお土産で有名な薩摩蒸気屋が出す「かすたどん」にもこの家紋が刷られていて、鹿児島にいると至るところに目にすることができる。

ちなみにこちらは稼働当時の写真である。その出立ちは今と変わらない入り口が映っていた。こうして白黒写真であっても、この写真がぱっと見て昭和中期ですと言われても違和感がないほど、最新式の装備で整えられていたことがわかる。

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(2020)