【黄金の国】「山ヶ野金山」は思いのほか広かった!【ジパング】(10)

 

全国裏探訪取材班は、鹿児島県霧島市に来ている。現在山ヶ野金山という300年以上前から続く金山があり、その周辺をとある老人のはからいにより、たくさんの坑道と飯場の跡などを探索している。

つぎに案内してくれたのは「晒坑事務所跡」である。ここには鉱山を管理していた事務所があったらしい。現代で言ういわゆる現場事務所のようだ。

当時の面影を残す、わずかながらの瓦?石畳?のようなものが残っているが、やはり文化財の保存並びに人の出入りが今ではほとんどないのもあってほんとに何も残っていないのが現状。

「晒坑跡」

100年も経った今では何もないものの、100年前にはここにはトロッコを走らせていたようである。わずからながら、単線が引けたであろう石畳部分に平な地面が築かれているのがおわかりいただけるだろうか?

肝心な坑道はもう地下水と崩落か何かわからないが、ほとんど埋まってしまっている。現地を訪れたい熱心な読者に一つお伝えしたいのだが、こういったところに万が一入る機会があった場合にはコウモリといった野生動物や虫がいることが想定されるため十分注意されたい。

過去の歴史から見ても、コウモリの体液や糞尿から媒介する感染症になりうる病気は非常に多く、また虫からしても外的から見を守れることもあって奥に行けば行く程そのリスクは大きく、また動けなくなった時には助け出される可能性も限りなく少ないのである。

ではこの坑道と事務所跡を離れ、老人のかつての学びの校舎を尋ねることにする。

5分ほどしばらく車に乗って進むと、玄関が出てきた。ここは「高木小学校」である。奥の建物は屋外トイレである。まだここは校舎の端っこであるが、非常に面白いものを発見したので読者に紹介したい。

まず吊り下がっているバケツのような容器は手洗い場である。水の配管が十分に供給できなかった地区では当時この容器に水を貯め、用を足した後に左側のコマの先に触れて水で手を洗い、そして横のタオルで拭くスタイルの屋外トイレが普通だった。今の世の中では考えられない時代だろうが、昔の時代はこれは当たり前だった。

 

ここは小便器である。今のように個人各々に便器などない。よく衛生状態が悪いアフリカや東南アジアに見られる便器であるが、経った70年も経たない日本にも同じような現状があった。現代のトイレから見ると無論、匂いと衛生状態は悪いが。

もちろん水が流れていないのだから、汲み取り式のがトイレである。懐かしいと思う読者もいるかもしれないが、引いてしまう読者もいるかもしれない。もしこういったことで用を足したことがないのであれば、是非使ってみてほしい。当時のことが少しわかるかもしれない。もちろん海外にも存在するが、日本以上に衛生状態が悪い上に、排水が整っていないため思わぬ病原体をもらうこともある。もうこれからはこういった経験はしにくいだろ。

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(2020)