【現在と過去】あの「五条楽園」のお茶屋街の今は。【着物で接客】(5)

 

全国裏探訪取材班は、今回は京都に来ているのだが、この京都にはかつて着物で接客する秘密の花園があった。それがここ「五条楽園」なんですけど、色々散策していると往時の営業中の雰囲気を残す一角があったのでそこんとこを見て行きたいと思う。

五条楽園の五條会館歌舞練場の筋から河原町通りに通じる路地を入っていくと、そこにもこんな感じで妓楼が残って居る。見ごたえあるなぁ。

その小路には当時の雰囲気を色濃く残すお茶屋の残骸があった。当時営業をしていた店ではこのように看板には「お茶屋○○」と書かれていた。

そして、営業中の店は玄関前につるされている行灯に灯りが点いていた。

「お茶屋 たか橋」

遊びに来たと思しき男がその営業中の店の前を通りかかると「どうぞ~いらっしゃい」「あがったてよ~」とヤリ手ババアことおばちゃんが、飛田新地の様な露骨の客引きではなく、飛田の1トーン2トーン下のトーンでやさしく呼び込みが行われていた。あと、呼び込みのない店もあったなぁ。

で、おばちゃん呼びこまれるか、妓楼に入ると迷路のような物件の中の一室に案内される。遊び相手はその物件内には居らず、おばちゃんに自分の好みを伝える。例えば「若い人がいい」とか「細身がいい」とかそんな要望を伝える。ちなみに、女の年齢は若くて20歳後半から50代まで。

すると、おばちゃんは置屋に連絡を取り、客の要望を伝える。すると置屋から客のチェックインしたお茶屋に派遣されてくるといったイメージだ。システムで言えば大阪五大新地のココをイメージすれば分かり易いだろうか。

つまり、どのお茶屋に入っても結局は同じ置屋から派遣されてくるので、まぁどの店に入っても同じ。と思われるかもしれないが、ここはおばちゃんの力量によって派遣されてくる女が違う場合もあったり・・そこは運ですねw

 

「初美クラブ」(2005年撮影)

これは、初美クラブという確か置屋だったところだ。今は看板が無かったりもするので今となっては結構レア。

ある物件の中を覗いたらこんな感じ。後は、お茶屋のとある一室でその派遣されてきた女と”遊ぶ”ことになる。派遣されて来る際は基本女性は着物を着てくる。そこがここ五条楽園の特筆に値する特徴だった。夏は浴衣で派遣されることもあったとか。

画像はイメージですw

なかなか風流でしょ?w

「お茶屋 たかはし」

さて、そんなお茶屋の一室では40分14Kとか60分16K位だったか。お金は部屋に入る前おばちゃんに4K渡して、その後女に残りのサービス料を渡す感じだった。

 

プレイ自体は、着物の女をごそごそしながら・・・見たいな感じ。なおここは”お茶屋”という建前上布団は当局から禁止されていたようで、座布団を並べて布団の様に敷いてヤッていた。女も京都出身の女が多かったようで京都弁を聞きがらゆっくとした時間が流れていたという。

利用客は若者は少なく、中年以上が男の隠れ家的な感じで利用していたことが多かったようだ。こういった所は快楽を求めてくるところだが、その京都鴨川・妓楼・着物・京都弁と独自の雰囲気からツウ好みのスポットだったという。

次回もまだまだ「五条楽園」を歩き回りますよ。

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(2020・2005)