【春吉の】旅館「千寿」界隈を調査する!【赤線旅館街】(1)

 

全国裏探訪取材班は、熱心な読者からの依頼により、福岡県福岡市に来ている。世の男性が好きな夜の街、中州からほど近いとある場所に怪しい宿があるので、調査をしてほしいと熱心な読者からの要望により、周辺や当日の時代背景なども含めて調査をしてみることにした。

福岡市の天神から目的の場所に10分歩いてみる。この辺界隈は2、3年前に道路の整備があったところで、最近綺麗になったところだ。

今の整備が進んでいてマンションを始めとした住宅が数多く存在するが、本当にこんな場所にあるのだろうか?

「春吉2丁目」

この辺が目的地周辺だ。この当たりは有名なラーメンの競合店が軒を連ね、割烹料理を提供するような落ち着いた雰囲気のお店が軒を連ねる場所だ。信号を渡って左側にあるというのだが・・・

2分歩くと、急に狭い通りが出現した。道幅から見てどうやら昔から存在する路地のようだ。この路地を通ってみる。住所で言えば、福岡市中央区春吉2丁目7付近か。

「旅館 千寿」

これが読者より調査依頼のあった旅館千寿だ。廻りを見渡しても他に旅館はない。屋内から照明が漏れ、生活感があるので現在の営業実態も含め、突撃取材をしてみた。

さて、夜分遅いがドアを叩き旅館の女将を呼び出してみる。さて、反応はあるのだろうか。千寿と屋号が上がってるので泊まれれば泊まりたいのだが・・

出て来られたのはこの建物の住人のようだ。我々取材班に警戒しながら答えてくれた。「昔は名前の通り旅館だった。今はやっておらず、10年前迄素泊まりだけで営業していた。もっと前は女の子を読んで遊ぶ旅館でした。」ということだ。

この当たりは建物自体は今は変わっているが、昔料亭がたくさんあり、それに関連する施設がたくさんあったと言質が取れた。玄関の間からはすぐ階段が見える。かつてはここを男とその情婦が昇降していたのだろうか。さて、周辺を散策してみる。

 

周辺の住人に聞き込みをしてみると、内緒で旅館業を営んでいたお店もいくつか存在していた。当時この当たりに住んでいた住民はこの事実を一切語りたがらない。

この家もそうなのだろうか。入り口から見ても営業していたと言われても違和感はない。実際には売春防止法が成立しても、彼らも生活があるため、すぐに営業を止めることなどできなかった。その為、表向きの営業形態を変えて裏旅館街として営業し、お得意様だけに特殊なサービスを提供していたそうだ。

当時を知っている方に話を聞いたところ、赤線に対する規制が甘かった時代、千寿からの裏通りには料亭・旅館が多数存在したようだ。夜な夜な著名人・議員などの有力者を接待する料亭・旅館街だった。

「長野かつら店」

日本舞踊などを専門に扱っていたかつら店だったようだ。当時芸妓がたくさん存在していたことを考えたら、一定の需要があったと思われる。

 

「ANANN」

時代が代わり、旅館や料亭と言った営業形態は無くなったとしても、男女が交わる“お店”はまだ存在していた。ラブホか・・屋号はANANN・・アンアン?意味深だなぁ・・女性の芸妓を呼べる料亭は表から存在は消すも、接待で使われる料亭などはまだ存在している。

特に川沿いの料亭は土地が広かった為、この界隈はラブホテルやバーとして業態を変え、赤線としての名残や遊ぶスポットとして残っている。今ではラブホテルとして業態を変えて営業していた。

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(2020)