全国裏探訪取材班は、大分県日出町に来ている。ここには75年以上前に特攻隊の魚雷版、人間魚雷「回天」の訓練基地があったことはご存じだろうか。特殊兵器という秘匿性や魚雷からの改造という通常の兵器としての危険性を持つ性質から、独特の格納庫が存在した。それでは裏探訪するとしよう。
実際の回天の格納庫を尋ねてみる。写真の下の部分が格納庫で、上は回天神社と住吉神社がある。まずは格納庫から行ってみることにする。
山の下に「水雷壕」と記載のあるトンネルがそうである。と記載のあるトンネルがそうである。水雷は水中で爆発する兵器を示すことだが、回天に積む爆薬のことを指しているのか、それとも、回天本体を指しているのだろうか・・・
中は大きなトンネルになっていた。画面中央遠くに映っているのは向こう側からの光であり、貫通している一本のトンネルになっていた。物資が少ない当時にしては頑丈そうなコンクリートのトンネルである。
戦時下の中でも割としっかりとした作り方でコンクリートを打設していた。
中は薄暗くひんやりしている。爆薬は外しているとはいえ、兵器には代わりないのだから、ただの一直線の筒状の部屋でよかったのだろう。
こちらは別途回天の格納庫として表示がある。除いてみたが、作りは同じであった。
裏側に回って見ることにする。民家の横に防空壕のように穴が空いていた。近隣の住民に聞き込みしたところ、特段何にも使われていないようだ。
コンクリートで固められていないことを見る限り、恐らくここはただの人が通る通路のレベルでしか利用してなかったようだ。
元々回天神社は別の場所にあったが、移設され現在は住吉神社の隣に並んで存在する。また基地の全体図が画面左にあるが、一旦割愛させていただきます。
神社入り口を上がると、真ん中奥が住吉神社、右側赤い壁の建物左横が回天神社となる。移設したとは言え、神社の並列は非常に奇妙な配置だな。
これが「回天神社」である。この神社の特異な点は、御神器が回天(模型)で、回天特攻隊員を祀ってあるのは日本唯一の場所である。御祭神は楠木正成となっている。なぜ楠木正成なのかは熱心な裏探訪読者はお気づきかもしれないが、ググることをお勧めする。
また写真右側の遺影は回天の搭乗員となるが出撃する機会を得ず、終戦を迎えてしまった「松尾秀輔少尉」である。遺書より敗戦は自分達軍人の責任としこの地で自決を図った。この回天神社に祀られている。
中は地元有志がこまめに掃除をしていることや住吉神社が隣に存在することもあり、小綺麗に掃除が行き届いていた。こじんまりした神社だが、手入れは今まで見てきた戦争遺跡の中で一番手入れがされているかも。
賽銭箱の近くには「この拝殿内の若人の、犠牲があってこそ、今日の平和があります。二礼・二拍手・一礼」と記載があった。靖国神社もこういった表示を堂々としてほしいものだ。負け犬根性で朝鮮マスコミにやり玉に挙げられるので声高らかに当たり前のことが書けないのは読者はお察しだろう。 さて、取材班は当時のイメージを確かめるべく周囲も探索する。
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(2020)