【幻の】小樽「オタモイ遊園地」って何?心霊?自殺?悲恋スポット?とにかく行ってみた!【遊園地】(6)

 

全国裏探訪取材班は、北海道の幻の遊園地「オタモイ遊園地」跡に来ている。何も知らない道民、とりわけ小樽の市民からすればここは心霊スポットだったり、自殺スポットとして有名なわけだ。まぁ、雰囲気が陰気な感じがするんですが、見方によっては風光明媚な場所がそんな負のイメージがついてしまったのだろうか。実は、それには古の昔の伝承があるらしい。

とはいえ、最近においてもJR北海道の社長がオタモイ海岸の沖合約1キロで遺体で発見されたり、実際にネガティブな事もあったのだという。

更に昔の1947年(弘化4年)。北陸から蝦夷地(北海道)にやってきたイトと言う女が居たのだという。その女は地元北陸の魚津で、いい関係になった若い男が居たというのだが親の反対もあり別れてしまう。その事に傷心したイトは蝦夷地を目指したのだという。

その昔は、このオタモイ海岸西側の積丹半島の海は女人禁制だった。当時の人々は、海には女神がいて、女が乗った船が来ると大嵐になるという伝説があった。しかし、イトは船底の荷物の中に隠れこの海域までやってきたところ、次第に海が荒れ始めてくる。神威岬に差し掛かると、船員たちは祈るしかないほど海が荒れたという。

すると、船員たちの前にイトが現れるや否や、そのまま凍てつく海に身を投げたのだという。すると海はたちどころに凪いでいった。このオタモイ海岸に打ち上げられたイトは身ごもっており乳房からは白いものが滲んでいたという。

それを哀れに思った地元の漁師西川徳兵衛がこの地に供養のため地蔵尊を建立した。それがここに今でも祀られている地蔵尊だ。

「オタモイ地蔵尊 扉空けます 連絡してください お参りの方」

ちなみにその、オタモイ地蔵尊があるのはここのオタモイ遊園地の一番西のエリア。オタモイの地元民曰く、ここには今でも数件の物件が建っており管理人が居るようだ。

 

「当時のオタモイ遊園地西側の様子」

こちらが、往時の西側の古写真だ。少し画角が違うが次の現在の様子と比較していただきたい。昔はかなり開発が進んでいたんだな。

「現在のオタモイ遊園地西側の様子」

かつてはここで海水浴客が売店でジュースやお菓子を買い求めていたのだろうか。ちなみ往時はここに10件弱の世帯があったらしくざっと5、60人は人が住んでいたのだという。こんな秘境にそんなに人が住んでいたのか。

集落の裏はこのような完全な崖になっているようなのだが、住人が棲んでいた当時はここに畑を耕して漁をしながら生活していたんだとか。ちなみに、現在は駐車場から龍宮閣跡を経由してアクセスする事しかできないように見えるが、この崖をオタモイ3丁目側からアクセスする獣道もあるのだという。

 

「オタモイ地蔵尊」

ちなみに、オタモイ地蔵尊がある物件は中央右の物件だ。今でも小綺麗にしているようだな。管理人はもう既にご高齢らしいのでいつまで維持管理ができるのだろうか。これはかなり厳しそうだな。それにしても、日本海側には海に消えた集落があったココとか絶海の孤島のココみたいにマニアックな場所があるけどここも凄いなぁ。

「白蛇弁天洞」

最期に、前述のここに遊園地を造った加藤は、ここに白蛇弁天洞の建立した。それがこの物件だ。この本尊は近江竹生島から勧請を受け、秋の10月3日も大祭を挙行していたのだという。

ちなみにこの白蛇弁天洞の中は、このようになっており加藤は壁面の白い紋様を“白蛇の化身”と呼んでいた様だ。

如何だっただろうか。ここが着工したのは1931年(昭和 6年)と言われているがその当時の警察官の初任給は45円だった。そんな時代、27万円(現在の価値で約12億円)の総工費を投じ10万坪の土地を購入しテーマパークを作った。悲恋・自殺・心霊などネガティブなイメージもあるが、取材班はそんな熱い男たちの“夢の跡”としてもっと顕彰されても良いと思っている。今でも充分探索し甲斐があるので、あなたもこの遊園地を訪れてみては。

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(2020)