【二ホン人の闇】三十人殺しの「津山事件」の「貝尾集落」を訪ねる【は今も続く】(4)

 

全国裏探訪取材班は、日本史上最悪の殺人事件「津山事件」の現場を調査している。今回は岡山ののどかな山間で当時何が起こったのだろうか。現場からお伝えしていこう。

送電線を切断した都井睦雄は、何事も無くこの貝尾集落へと繋がる一本道を帰ってきた。都井睦雄は既に親族にあて遺書をしたためていた様だ。特に姉に対しては気遣いの文だったらしい。こういった所から彼の優しさが伺える。

都井睦雄は1938年(昭和13年)5月21日午前1時40分ごろ殺害を決行する。

こちらがその決行時の様子の当時の再現写真だ。都井睦雄は詰襟の学生服を着こみ、足元には軍用ゲートルと地下足袋で固め、そして頭には小型懐中電灯2本をハチマキで結わえ付けまるで鬼の角のだったらしい。

首からはランプも吊るされ、装備は買い集めた猟銃や日本刀、七首、などの完全武装だったようだ。襲撃時は軍人のような格好をしていたのはやはり徴兵検査に落ちた故なんでしょうかね。

まず手始めに都井睦雄は身内から手を掛けた。自宅で就寝中の祖母の首を斧で刎ねて殺害。親同然の祖母を殺害した理由については諸説あるが、生き残っても大量殺人犯の身内として村八分になるのは目に見えており、そんな苦痛を味合わないようにだろうか。

最初は斧で首を刎ねたのも理由があるのだろう。取材班が推察するに斧で殺害することで周囲に発砲音で気付かせないためだと思われる。さてここから都井睦雄の大量殺戮が始まる。

1軒目は、岸田勝之宅に侵入、戸主の勝之は都井睦雄の幼馴染なのだが、彼は徴兵検査を甲種合格しており軍に入隊していたので被害から逃れえた。しかしその母親つきよ(50)と勝之の次男の吉男(14)と守(11)が日本刀で惨殺された。幼馴染は甲種合格で妬みがあったのか。噂では睦雄はつきよに対しても夜這いを持ち掛けたとか・・

2軒目は、西川秀司宅を襲撃。就寝中の戸主秀司(50)と妻とめ(43)、長女の良子(22)、とめの妹の千鶴子(22)を就寝中に散弾銃ブローニングを使って殺害した。この妻とめにも夜這いの情交を求めたが拒絶されその事を集落で言いふらされたのだと遺書に書かれていた。ここはかなりの憎悪の対象だったに違いない。

 

3軒目は、岸田高司宅を襲撃。戸主の岸田高司(22)内妻西川智恵(20)、高司の母たま(70)、高司の甥で農作業の手伝いに来ていた寺上猛雄(18)が就寝中だった。

夫妻は起き上がる間もなく射殺されたという。内妻の西川知恵は2軒目の西川とめの次女でだった。偶然生き残った母たまの証言によると「お前んとこにはもともと恨みも持っとらんじゃったが、西川の娘を嫁にもろうたから殺さにゃいけんようになった!」と言いながら発砲したのだという。西川の血筋は根絶やしにするつもりだったのか・・これはやばいな。

さて、次回は4軒目以降も見て行きますよ・・

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(2020)