※親愛なる読者へお願い。このページは豪華全10ページあります。料亭をフル掲載していますので、焦らず気長に全てご覧ください・・
全国裏探訪取材班は、日本最大級の桃源郷「飛田新地」を探訪している。薄暮からの訪問とあり、なかなか雰囲気がある。今回取材班は飛田を歩き回りその全貌をすっぱ抜こう!と思っている。
「西成区 山王三丁目」
取材班は前回まで、飛田遊郭の歴史を見てきたのだが今回は、戦後の様子を少し語っていこう。
戦後、空襲に遭いながらあも、松島新地のように灰燼に帰すこともなく、戦後すぐから飛田新地は赤線地帯として継続して商いを続けていたようだ。
元々は松島遊郭(松島新地)の方が規模は大きかったようだが、戦災によりその地位が飛田と逆転。戦後松島新地は約190軒に対し飛田新地は約210軒と数字上もやはり逆転したようだ。
「飛田新地協同組合」「飛田新地料理組合」
飛田新地エリアの北東には戦後出立した飛田新地料理組合の建物が。この組合が元締めになってるのよね。ちなみにこの料理組合の元顧問弁護士が元大阪府知事であり元大阪市長の知事橋下徹弁護士。いろいろ突っ込みどころ満載の料理組合だなw
料理組合から東へ行くと、このように5mくらいの高低差がある。右のエリアは阿倍野の再開発エリアでマンションが立ち並ぶ。その境目には嘆きの壁が万里の長城のように並ぶ。遊郭エリア内には・・
現在も妓楼がしっかりと残っている。右奥には、提灯に火が入っているので営業中の“料亭”なのでまじまじと取材するのが難しいので、この今は営業していない物件をよく見て行こう。
この物件は、1階部分は洋風のカフェー形式か。元赤線だった時に改装されたのはないだろうか。
元々は赤色かピンク系の色に彩られていたであろう、アヤシイ出入口。しかも斜めに据え付けられてるのが往時のそれっぽい。
物件を東側に回り込むと、こちらも赤系で彩られたレンガ加飾があるな。和洋折衷で大阪人にしてはなかなか粋だな。
取材班は2階を見上げる。2階部分を見上げると打って変わって和風になるな。
窓の手摺には富士山が描かれている。ただ人が手入れしていないゆえか、腐ってきている。
遊郭エリア外、嘆きの塀の外の再開発エリアから見た同物件。なかなか雰囲気あるな。
そこから少し北に行くと、かなり煤けた赤線の残骸が。2階なんて窓ガラスは割れ、雨戸が朽ち雨風が入り込んでん。
「満すみ」
で、今では完全にシャッターが下り営業していないようだ。往時はここに女たちが数人立っていたのだろうか。
2階はコの字型になっているのだが、中庭の木が生い茂っているようだ。
「山王」
同じ場所の夜の雰囲気。この地区の住所を冠した山王という“料亭”に光が煌煌と灯っていた。
次回取材班は、夜の街を徘徊していこうか。
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(2019)