【今は】古くから海運で栄えた「土崎港」のレトロな雰囲気をチェックする。【秋田港】(1)

 

全国裏探訪取材班は、秋田県に出張に来ている。秋田県と言えばきりたんぽとかなまはげとか取材班もそれくらいしか思い浮かばないんですが・・やってきました「土崎港」へ・・・

「土崎港」

土崎港って一言で言っても、実際その土崎港って名乗っていたのは1941年(昭和16)年までで、それ以降現在までは「秋田港」っていう名前で便宜上通っているわけで。

「秋田臨海鉄道株式会社 日本貨物鉄道(株)秋田港駅」

この通り今ではしっかり秋田港っていう名前になってますね。現在“土崎”というフレーズはこの辺の住所に使われていたりするので完全消滅したわけではない。

まぁ、読者の方に関しては秋田港とか言ってもよくわからんだろうが、秋田港は土崎港時代から海運の街としてよく栄えた。古くは北前船の寄港地にもなった水上交通の要衝で、近代は旧雄物川である秋田運河が完成。日本海にある港としては実は最大級と言い中国やロシアとの交易も盛んだ。実はすごいんだな。

「国道7号線 秋田天王線」

古より海運が盛ん。と言えばついて回るのは、やはり色街やレトロな風景。これが切っても切り離せん。調べると当然のごとく「土崎遊郭」と言うものがあったらしいので、これも取り上げたいと思っている。早速探訪していこう。

おっと、言うてる尻からなにやら妓楼風の建物を発見。軒は高く結構造りがしっかりしてんな。

ディティールもしっかりしてるし。妓楼って言われても、そうですか。としか答えようがない。それくらいしっかりしている。

「向島医院」

視線を左に向けると、こちらはシックな町医者か。以外にこの辺結構レトロってんのかもしれんな。

その町医者と妓楼風の建物の間の路地を進むとなにやら、料理屋っぽい建物が。出入り口の斜め具合とか、窓の意匠なんかが妙に色気がある。

 

これは最初から民家なのか・・両脇が色っぽい店舗跡だったりするので妙に疑い深くなってしまうな。

さらに進むと、赤線ぽい弱小のスナック街が。見よこのズタボロの建築美を。室外機なんて何とも言えないよね。

こんな感じで見ると、右下のカラフルなガラスタイルとか斜めにつけられたドア、下部の石の造形とか、ちょっとカフェー感もしないでもないかも。それにしては建物が新しいか。まぁ、錆びだらけになったはしごもいいですよね。

「スナック 秋」

ここも絶妙な角度でドアがつけられてんな。上にあるマゼンタ色のちょっとした飾り傘とか。これはいいね。ザ・昭和。

 

「土崎飲食業組合連合会 土崎飲食業組合連合会加盟店 いらっしゃいませ そうぞお気軽に お入りください ★此のステッカーは安心して飲食出来る店の印です。」「誠に勝手ながら都合により、暫く の間、休ませていただき案す。 店主」「注意 一 営業時間 午後十二時まで。 一 十八才未満の客は午後十一時以後お断りします 秋」

店主の具合が悪いのだろうか。もうココが陥落したらこの小スナック街は終わりだな。がんばれ。

次回、土崎はまだまだ続きます。

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(2014)