【都疎浜】船橋のバラック「南本町44」を裏探訪する。【って何?】(3)

 

全国裏探訪取材班は、千葉県船橋市「都疎浜」こと、同市南本町にやってきた。ここは戦中戦後に疎開者や引揚者が犇めき合っていたちょっと訳ありな土地だ。現在も新興住宅街のように綺麗さはなく、どっちかと言うと昭和風情の住宅街となっている。この南本町の一角44番地にはいまだに戦後バラックが残されている。今回もそんな都疎浜を見ていきましょうかね。

さてこの都疎浜こと南本町44番地は現在でもバラック物件が残るが、明らかに居住者がいなくなた物件から、行政は公園などに整備して行っているらしい。

まぁ逆に言うと、居住者が居なくなるまでは、まだ戦後の残照が継続することになる。今でも公園は自由に遊べたり休憩できたりするが、その周りには「河川用地につき 立入禁止」との看板がある。行政も新たにバラックを建てられないように必死なわけか。

公園の隣もこんな感じで空き地になっている、元はバラックがあったのは言うまでもないだろう。

で、その空き地のさらに北側にはまだまだバラックが残ってるな。京成船橋駅方面へ北上しながら見ていきましょうか。

こちらのバラックは、もう家主はいないのか。虎柄のガードフェンスで玄関が囲まれてしまっているのがわかる。ここももうすぐ取り壊しですかね。南無・・

これを見てもらったらわかるだろうが、行政も人道的な配慮から積極的に立退は迫っていないようだ。ただ、住まなくなったり、この世から居なくなったら取り壊します〜って言うパターン。

河川の隣にバラックが建っているこの姿を見ると、西日本最大級のバラック地帯のココを思い出すな。

都疎浜、南本町のバラックなんですけど、ここがビジュアル的にも一番賑わっている場所っぽい。しかもここはまだ誰か棲んでるぞ。よ〜く見てみて、電線が引き込まれているのがわかるでしょ?w

 

空いた窓から中を覗いてみましょうかね。部屋の中からは家庭用小型洗脳装置、いわゆるテレビのワイドショーの声が聞こえてくる。蛍光灯らしきものもありやはり電気はあるようだ。しかも、室内では洗濯物を部屋干ししてるな。

いや〜1945年(昭和20年)に日本が敗戦し、それからすでに75年が経過するんですけど、まだこんな大東亜戦争(太平洋戦争)の名残が残ってんのか。ある意味すごいな。天然記念物級だw

引き続いて部屋の中を見ていく。すると「けいさつ用語 人を見たら 泥棒と思え」などと手書きでスローガンらしきものが描かれている。自分で書いたのだろうか。本当にこれが警察用語なのかはわからないが、不法占拠は泥棒じゃないんでしょうか。この住人に会ったら聞きたいんですけど、登記簿あります?w

「船橋市南本町」

てか、盗人猛々しくと言ったらいいのだろうか。表札も上げていますけど・・もし本当に疎開者や引揚者のように戦争犠牲者なら不法占拠であっても、同情するのであまり突っ込む気にもならないんですけど、人を見たら泥棒と思っていたい何様なんでしょうかね。

 

ちなみにこの物件裏から見たらこんな感じ。うわ〜かなりキテんな〜。屋根崩落してんぞ!w

「都疎浜」こと船橋市南本町のバラックはいかがだっただろうか。これからはだんだん残党も消えていくと思うんで天然記念物級の戦後の残照を見たい方は早めの裏探訪をオススメする。

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(2020)