【人間魚雷】無慈悲な「回天」の大神訓練基地を調査する【特攻兵器】(5)

  全国裏探訪取材班は、大分県日出町に来ている。ここには75年以上前に特攻隊の魚雷版、人間魚雷「回天」の訓練基地があったことはご存じだろうか。実際にどんな環境・立地で訓練を行っていたのか回天「大神訓練基地」を調査してきた。

回天の保管にはもちろん爆薬ということもあって、燃料は別途保管されていたようである。実際にはケロシン、つまり灯油を別途離れて保管していたようである。画面中央がその付近のようだが、行ってみることにする。

先程の回天記念公園から7分ほどで燃料格納壕を見つけた。しかし、我々取材班は想定していない事実を知った。 「震洋」 ここには、回天とは別に震洋という特攻兵器も保管されていたらしい。震洋を知らない読者は是非ググってほしい。ここで詳しい説明は割愛するが、回天と同じく特攻兵器である。

看板右横に壕はあった。手入れなどされていない。穴を除いてみる。

奥には光が差しているが、手入れがされていなこと、地下水が溜まっていて衛生状態が非常に悪く、ここから先の侵入は断念するものの、素掘りの穴であった。この穴は燃料の格納もあってか、海岸線に近く、また仮に爆発しても危険が最小限に抑えられるよう、山の下部に掘られていた。

車で3分ほど行ったところに。本部庁舎跡・士官浴場跡がある。住宅地の中にあり、既に建物自体はないとのことだったが・・・

士官浴場跡は民家になっており、訪ねたが人もおらず、確認はできなかった。恐らく建物の状況からもうないであろう・・・

画面中央はミカン畑だが、ここが昭和20年8月25日に松尾秀輔少尉が自決された本部庁舎後である。今では周辺は住宅地になっており、見る影もない。  

空から見てみよう。このミカン畑の裏に回天神社はあった。畑になっているところは物品販売所だったようだ。上の緑の畑の先には兵士の宿舎があったようだ。

大神基地の全体像で見てもこの当たりはほとんど何も残っていない。地元住民に聞取り調査も行ったが、今では家が建ってからほとんど残っていないという。

大神基地の全体画像である。立地条件的にも非常に好都合であり、秘密裏に特殊任務を遂行する為、そのまま沖に出て練習するには持ってこいの場所であったことが改めておわかりいただけただろう。

結局誠に残念なことに歴史はこうやって少しずつ、あった歴史が、証拠が消え、忘れ去られてしまい、生きたいと願ったが叶わなかった思いは後世に届かず、人類はいつまで経っても過去の事実から学べないのである。  

回天の歴史もまた同じく悲しい歴史一部であることには変わりはない。だが、悲しい歴史だからといって事実から目を背けることは許されないし、背けて学ばなかったことで、有史以来人類は幾度となく同じ過ちを繰り返してきた。伝記でしか語られない数百年前の出来事ではなく、写真や資料が残っている近代以降の歴史。そこから少しでも凄惨だった時代を理解し、自分達の命の尊さに感謝をし、生きるべきではなこれはひどいかろうか。先人達はその尊さを身をもって教えてくれたのだから。

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