【これは】「大山口列車空襲」事件跡地を調査する。【ひどい】(2)

 

全国裏探訪取材班は、鳥取県西伯郡大山町にある「大山口列車空襲」の現場へと来ている。前回までは米軍機に発見され、第809列車が大山口駅東600mの切り割区間に退避したところまでお伝えした。

第809列車が退避した切り割区間は今でも存在している。列車の屋根部分まで周囲の地盤が高く身を隠すには最適なのだが・・・

この当該列車第809列車は、当時11両編成(C5131牽引、次位に廻送機関車48690、客車11両)の客室に乗客乗員1200人が乗車しており超満員の様相だった為、列車は退避区間より再度大山口へと入線して乗客約400人を降ろした。

その時再度、米軍の艦載機が大山口上空へと飛来してくる。そして、再度この第809列車は先ほどの切り割区間へと退避を開始する。

第809列車は再度退避し事なきを得る筈だったのだが、悲劇は始まってしまう。一番初めに駅長が確認したときは米軍機は数機だったのだと言うが、2回目に退避するときは既に米軍機が20機にほどに増えていたという。

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2度目の退避は完了し、乗組員は上空の米軍機が引き返していくのを見守る。しかし、米軍機は引き揚げるばかりか最終的に約40基ほどまでに膨らんでいたという。

当時はこの切り割区間の一部は雑木林があり、1度目に退避して引き揚げた経緯から2度目の退避も成功すると踏んでいたのだろうが、米軍はそんなに甘くはない。

取材班が感じたのは、恐らくこれは最初駅長が発見したのは偵察機で、その偵察機からの知らせを受け山陰に飛来していた艦載機が一斉に集まったとみていい。

ちなみに当時の艦載機の航空母艦は空母ヨークタウン(第88飛行隊)、空母シャングリラ(第85飛行隊)、軽空母ワスプ(第86飛行隊)で機体はF4Uセルコア。F6Fヘルキャットだったと言われている。

 

7月28日午前8時、総数40機のうち数機の米軍艦載機が一斉に機銃掃射を第809列車に仕掛ける。機銃掃射では主に12.7mm機銃と20mm機関砲が用いられた。いかにも切り割区間に身を隠したといえども、艦載機は空を自由に飛び回る飛行機。身を隠したものの消えたわけではないので格好の的となった。

当時の米軍の攻撃パターンとしては輸送力漸減の為、先頭機関車を破壊することを目的としている場合も多く、先頭車両攻撃後にすぐに引き返すことも多かったというのだが、大山口列車空襲事件ではそれだけにはとどまらなかった。

米軍は機関銃、機関砲以外に当時開発されたばかりのロケット弾もこの列車に使用して被害が拡大していった。

ついにこの第809列車への攻撃が始まってしまう。地元民も当時の様子を語っていただけた。「大山口列車空襲」この惨劇はどのような結果になるんでしょうか。次回もご覧ください。

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(2020)