【これは】「大山口列車空襲」事件跡地を調査する。【ひどい】(1)

 

全国裏探訪取材班は、山陰米子へとやってきた。山陰はいつも滞在時間が少なくてなかなか裏探訪できてないんですけど、今回は目的地から目的地への道すがら立ち寄ることが出来た。

「大山口駅」

で、今回立ち寄ったのがこちら。大山口駅。この駅は1926年(大正15年)に完成した国鉄の駅なんですけど、なにやら暗い歴史があるという。

振り返れば雄大な中国地方最高峰の「大山」が見える筈なんですけど、今日はあいにくな天気だった。

今の大山口駅前は旅館や食堂がポツンとあるだけの、静かで平和な田舎の駅なのだが、遡ること70年以上前、米軍による列車空襲事件があった場所なのだという。

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早速駅構内へと入っていきましょうか。この駅からは日本海が一望できる。遠くは美保関なども見渡せる場所なんですけど、この駅で事件は起こる。

その事件の名称は一般的に「大山口列車空襲事件」と呼ばれている。この駅から東へ600mほどの所でその事件は起こった。

この時期、1945年(昭和20年)7月当時は山陰地方への本格的な爆撃が始まった。空襲と言っても艦載機による空襲だったので油断をしていた節もあるのかもしれない。海の向こう遠く見えるのが美保地区だ。

美保地区には航空自衛隊美保基地もあるように、当時も山陰海軍航空隊美保飛行場があった。その為7月24日から28日にかけた一連の空襲では、美保飛行場や米子駅市街地、日本曹達米子工場などが標的にされた。ただ、人的被害ではそこまで大きなものではなかったという。

 

東だから京都方面・・ほほぉこっちに600mか。山陰への空襲は被害が少なかったかのように見えたが、この大山口列車空襲事件は一番被害がひどかった。時は7月28日午前8時頃だった。

鳥取発出雲今市(現出雲市駅)行きの下り第809列車。列車構成は蒸気機関車C5131牽引、次位に廻送機関車48690、客車11両の編成だった。

「15:18 鳥取」

駅の現在の掲示板。

第809列車が大山口駅に到着したのは、5分遅れで到着し午前7時15分だった。その際、大山口駅長が上空をアメリカ海軍艦載機が旋回しているのを確認した。

 

この駅長は乗組員と連携しすぐさま第809列車を大山口駅から東側600mへ退避することにした。

こちらが、大山口から東へ600m地点だ。ここには切り割区間と言って、地盤より鉄路が低く掘り下げられており上空から身を隠すには好適な場所だった。

これが当時の米軍パイロットが見たと思われる構図だ。確かに現在上空から見ても、線路の部分が半分くらいにしか見ることが出来ない。なるほどな。

実際列車がこの区間に退避るるとこんな感じだ。列車の横は法面になっておりこれならば艦載機から攻撃しようにも、横水平線から見ると列車は殆ど隠れてしまう。ここまでは駅長、乗組員GJ!って感じなんですけど・・・

次回、この第809列車の運命は・・

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(2020)