【風俗から】元ちょんの間地帯「黄金町」の今。【芸術へ!?】(3)

 

全国裏探訪取材班は、関東最大のちょんの間地帯だった「黄金町」の物件の様子を取材している。今回もそんな残骸物件を見て行きましょうかね。

大体よくあるちょんの間の様子はこんな感じ。さて、中を覗いていきましょうかね。

一階の玄関が見世物小屋のように透明で中が見られるようになっている。ここが夜になるとピンク色や赤な淫靡カラーに照らされる。その女はもちろん手招きをしていた。

昭和40年代までは日本人娼婦が多かったというが、昭和50年代頃になると台湾人のホステスが増えだしたのだという。で、時代が経過すると、中国系や朝鮮系、東南アジア、中南米と外国人のホステスが増えて行ったのだという。

中はこんな感じ、表向きはスナックとか食事処と言う名目だったのでシンクが取り付けられているのがお分かりだろうか。

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勿論客の目的は食事ではなく、2階で行われる秘め事が目的だったのは言うまでもない。その費用は大方20m~30mで一万円前後だったようだ。日本円は長らく価値が安定していたので30年ほど前での水準傘からすれば発展途上国から体を売りに来る女からすればオイシイ商売だったに違いない。

勿論買う側の日本の助平からしても20そこそこの女が1万円ボッキリで買えるとあって、関東一円の助平がわんさか集まっていた。

ただし、そんな脱法行為も令和の現代まで続く筈も無く。2002年(平成14年)に地域住民によって「風俗拡大防止協議会」が結成される。それを機に締め付けが厳しくなっていくことになる。

「防犯モデル地区 日ノ出町町内会」

 

「日ノ出町防犯拠点 ステップ3」

横浜開港150年記念を目前に、風紀の低下やいかにもガラの悪い地区の払拭を目的とし「初黄・日ノ出町環境浄化推進協議会」も発足。

そして、最終的には2005年(平成16年)1月11日から始まった「バイバイ作戦」で壊滅へと追いやられることになる。当局による執拗な摘発、更には機動隊も導入され一斉にこれらのヤリ小屋に突入。

中には、警察に踏み込まれないように玄関に鍵をかけて抵抗したちょんの間もあったそうだが、警官はドアを破壊ホステスや店主を強制で連行していった。当然女らは泣き叫ぶなど断末魔を上げながら護送車のような車両に引っ張られたのだという。

 

当時を知る住人曰く「警察がいきなり来たと思ったらすぐ建物に入って手錠をかけてパトカーへ連れていった。それが同時に行われたんでもう終わったな。っていう感じだったんじゃん、ね。」と取材班に語っていた。

確かに、ホステスからすればちょんの間での稼ぎ口を失うとそれはすなわち、日本では死刑宣告に近いので抵抗も無理もなかっただろう。

さて、次回は「黄金町」の残りの物件を見て行きましょうかね。

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(2020)