【風俗から】元ちょんの間地帯「黄金町」の今。【芸術へ!?】(2)

 

全国裏探訪取材班は、関東でも指折りのDEEP地帯「黄金町」に来ている。関東大震災から大東亜戦争による戦災まで不運続きの当地だったのだが、その後はどんな運命をたどったのだろうか。

戦後になり、特需景気から高度経済成長へと戦後復興を遂げると思われるのだが、戦後に於いても高架下にはバラックが立ち並びDEEPさが深化していく。

高架下のバラック小屋は次第に飲食店に代わっていった。さらにその飲食店は特飲街としてちょんの間化していく。これがいわゆる青線地帯という事になっていく。

その場所は大岡川スラムと言われており、周辺住人曰く当時“吐き溜め”と言われていたのだという。相当キタナスラムだったんだな。今でもその雰囲気がないわけではない。

「暴力のない 明るいまち」

そんな吐き溜めとか、青線、大岡川スラムなどと悪名高いバラック地帯だったのだが、その後麻薬密売の温床になったのは超有名。取り締まりに当たった警察官ですら近寄らない地域になっていたという。

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今でもDQNの落書きがあちらこち荒に在ったり、往時の状況を偲ばせる。しかも、当時この麻薬密売の縄張り争いも激化しており極道も進出してきたらしい。

「きをつけて 帰ってね。」

そんなカオスで無法地帯だったのだが、警察の出入りや供給元の撲滅などで麻薬地帯を撲滅。この無法地帯が完全に根絶やしに出来ると思ったのだがそんなこともつかの間、今度はちょんの間の規模が肥大化していくことになる。

ここなんかも汚いトタンで家が建ってんな。半バラックと言ったところか。そういやこういったバラック地帯とかちょんの間地帯ってこの青いバラックよく見かけるよな。

ほら、例えば宮崎の連れ出し本●スナックがあるココとかも青いバラックだし、その隣の戦後オンボロ商店街のココとかも青いトタンがありましたよね。なんか普通の無彩色のトタンよりも青いトタンの方が清潔に見るんでしょうか・・

 

もう既にお察しかと思うが、この写真を見てほしい。これはすべて最近まで存在したちょんの間の残照だ。今でもこれらの物件が朽ちることもなくこのように残っているのがお分かりいただけるだろうか。

このように電話ボックスのような小さな玄関が密集している。ほんの10数年前まで、この玄関先に女が手招きしていたなんて正直考えられんな。

物件は3階建だったりもするが、2階、3階の天井がすこぶる低いのがお分かりいただけるだろうか。当然。一般的な生活は想定していないのでこの通りなわけだ。まぁ、単純にヤリ部屋なんで寝てる状態が多いからなのか・・

少しでも稼働率と、安普請にするため最低限のコストで、最高のヤリ部屋稼働率を目指したってことに違いない。

 

しかも、良くみると室外機の数も半端じゃないのがお分かりいただけるだろう。まるで尼崎の青線のココみたいだなw

という事で、今日は眠いのでここまで。明日も良かったらどうぞ。

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(2020)