【小樽の】「蟹工船」作者「小林多喜二」の名作「工場細胞」のモデル“H・S工場”こと「北海製罐小樽工場第3倉庫」を見物する。【裏工場】(4)

 

全国裏探訪取材班は、小林多喜二「工場細胞」を読み掻い摘みながら「北海製罐小樽工場第3倉庫」を見に来ている。約100年ほど前に完成した近代化工場の中で一体どういった物語があったのだろうか。

今回も工場細胞の作中から当時の様子を見て行こう。

「―「H・S」では、新たに採用する職工は必ず現に勤務している職工の親や兄弟か……でなければならなかった。専務は工場の一大家族主義化を考えていた。――然しその本当の意味は、どの職工もお互いが勝手なことが出来ないように、眼に見えない「責任上の連繋(れんけい)」を作って置くことにあった。―」

北海製罐王国・小樽のフォードなどと輝かしい地域の英雄のような事業所だったようだが、北海製罐の首脳部は縁故採用を当たり前のように行っていたようだ。なるほど、今では考えられないが、コネ採用にすることによって個人個人それぞれ離反をすることを防いでいたのか。

家族主義と言えば聞こえはいいが・・単なる囲い込みによるストライキを逃れるテクニックなわけだ。

「―「H・S工場」の五カ年の統計をとってみると、生産高が増加しているのに、労働者の数は減っている。これは二つの意味を持っていた。――一つは今迄以上に労働者が搾(しぼ)られたと云うこと、一つはそれだけが失業者として、街頭におッぽり出されているわけである。―」

「作業車出入りに付き 駐車禁止 北海製缶(株)」

なるほど、やはりかつての経営陣は抵抗できない労働者を逆手に労働者を搾取し続けていたわけか。後は解雇。現代より雇用規定がかなり緩かっただろうから、当時の会社はやりたい放題だったんだな。

「―何時のまにか「女工」の増加したことで、更に女工が増加した頃から、工場一般の賃銀が眼に見えない位ずつ低下していた。――工場長は、女を使うと、賃銀ばかりの点でなく、労働組合のような組織に入ることもなく、抵抗力が弱いから無理がきく、と云っていた。―」

作中では機械化によって単純労働者は解雇させられ、このように立場の弱い人材をどんどん機械の歯車として運用していたらしい。

「―「産業の合理化」の糸を実際に操(あやつ)っているものは「銀行」だった。―」

 

この辺の実情は、コンピューター導入による経理などの人員カットや、非正規労働者の投入など今現在でも同じことが行われている。そして、銀行による経営の介入なんかもまさに現代も全く同じだ。株式会社と言う資本主義の仕組みは結局今も根本的な仕組みは変わらない。

「―人間の動作を決定するものは人間自身ではない。―(略)―機械の回転とコンヴェイヤーの速度が、それを無慈悲に決定する。―(略)―働いているものは機械しかないのだ。コンヴェイヤーの側に立っている女工が月経の血をこぼしながらも、機械の一部にはめ込まれている「女工という部分品」は、そこから離れ得る筈がなかった。このまゝ行くと、労働者が機械に似てゆくだけではなしに、機械そのものになって行く―」

「―賃銀の高い熟練工を使わずに、婦女子で間に合わすことが出来ないか―」

完全な“産業合理化”にまい進するがあまり、このような人間を機械の一部として利用する会社の生々しい当時の現状が克明に記録されている。読み進めていくとなかなか終わらんな。次回最終回、物件の細かいディティールまでご覧いただこう。

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(2020)