【戦後】盛岡城下曲輪、「桜山神社参道」のズタボロ飲食街を参拝する。【バラック】(2)

 

全国裏探訪取材班は、盛岡の中心地盛岡城内の「櫻山神社参道」のズタボロ飲食街を拝みにやってきたわけですが、比較的小さい縄張りなんで第一回ポッキリで紹介できるかと思ったんですが紹介したい所が多すぎて2ページ目になってしまった。

この飲食街も、通りに面したところはこんな感じで少し寂れた商店街かな。と言ったところなんですけど、中に入ると青線か特飲街の様な雰囲気になるのは前回お伝えした通り。

「厚生堂薬店」

参道にはいろいろな店があるのだが、中には薬局もありますよ。で、薬局って言ってもこれがまたなんとも言えない。「❤︎いきいき ❤︎はつらつ ❤︎すこやかに」などと意味深なキーワードが並ぶ。

「カラオケはうす ハーモニー」

そんあズタボロの物件を見ていると、これ本当に普通の飲食街なのかといろいろ考察してしまうのが取材班の性だ。

「喫茶&スナック COUNTRY」

だって、こんな怪しいビニールで目線を隠すように店を展開してるところもあるんですよ。まるで金沢のココのスナック街みたいだ。ほら、参道なんで一見神聖に見えるけど、実は参拝の後“精進落とし”とか言って遊びに行ってたっていう歴史もよく聞くし。

 

狭い縄張りだからか、物件は総じて間口は狭く、高級な店は皆無だ。ここなんかも地味に総3階建だもんな。前回のホルモンラーメンに続いて、ここもホルモン鍋とか書かれてるし。

「白乾児」

界隈を見ていると、パイカルと現地読みする中華料理の店がある。なるほど。現地読みということはやはりやってるのはアチャラの人なんですかね。

この日は少し寒い日で、取材班は白息を吐きながら現場を回っていると、ある老婆が声をかけてきた。内気な東北な人なのに珍しいな。と思いながらもこの場所の歴史をそれとなく聞くと、この桜山神社参道の飲食街ができたのは戦後なのだという。

盛岡城の北側に突き出したこの曲輪に、戦後大陸や半島から引き上げてきた日本人や中国人、三国人が闇市を開いたのが元々の歴史なのだと行っていた。堀に囲われた狭い場所なのだが、やはり当時は戦後ドサクサということもあって、時が経つ度にこの様な飲食店が形成されていったという。

 

どうりで、中華料理とはホルモン系を扱う店がちらほらあるはずだな。まぁ令和の今となっては喫茶とか土産物屋もあるんですけどね。

「ノーブル美容室」

「巖手公園」

この場所は元々1906年(明治39年)岩手公園として整備され、宮沢賢治や石川啄木にゆかりがあるという。その公園も戦後ズタボロの飲食店街になっているのはいろいろ考えさせられるな。敗戦の象徴ということだ。

最後にひとつ

“不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸われし 十五の心 石川啄木”

訳:十五歳のとき盛岡城の草に寝ころんで、空に心まで空に吸われてしまったようだ。

そんなクリーンな公園は下曲輪には存在しなくなってしまった。合掌。

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(2019)