【近代日本】巨大で圧巻な「旧志免鉱業所竪坑櫓」を空から見る!【の礎】(2)

 

全国裏探訪取材班は、福岡県志免町にある国の重要文化財「旧志免鉱業所竪坑櫓」に来ている。残念ながら現在は、改修工事中のため下半分が工事で覆われている。まぁ下半分は柱が組まれているので大体の想像はしやすいだろう。さて今回取材班は航空機にて近づいてその詳細を見て行きましょうかね。

「旧志免鉱業所竪坑櫓」〔Wikipediaより〕

写真からわかるように竪坑櫓の下半分の柱部分が隠れているのがお分かりいただけるだろうか。一般的に改修工事は下半分から行っていくので、今頃は上半分も隠れていると思われる。

柱の部分は流石に建設から75年ほど経過していたので、表面のコンクリートが剥がれ内部の鉄筋がモロ見えになっている。

補修では剥き出した鉄筋に防錆剤を塗り、その上から剥がれ落ちたコンクリートを塗り埋めていく作業をしていると言う。

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この旧志免鉱業所竪坑櫓がつくられた1941年(昭和16年)当時は対米開戦直前と言う事で戦時体制に完全に移行していた頃だが、この竪坑櫓を建設するにあたってはイギリスより輸入した貴重な鉄鋼を惜しげもなく利用したのだと言う。

さすが海軍が主導しただけあって造りは完璧だったようだ。竪坑櫓の規模は高さ47m、長辺15m、短辺12m。戦前の鉄筋コンクリート構造の物件にしては東洋一だったという。

その事業規模は約200万円だったと言うのだからものすごい。GDPで比較すると1941年当時の200円は、現代2017年では999倍の19円にのぼるという。ちなみに同時期に建造していた戦艦大和が当時の価格で1億4000万円だったと言う。あまり比較にならんか。

「海軍燃料廠時代」

 

さてここで、この窓の内側がどうなっているのか、もう少し窓の中を拡大して行きましょうかね。

建屋の中はこのようになっている。ちょうどここは高さ35mで1000馬力の巻上機があったところになる。この立坑櫓の形式をワインディング・タワー(塔櫓捲式)と呼ばれていた。

「旧志免鉱業所竪坑櫓断面図」〔志免町HPから〕

この断面図を見ればどのよう配置されていたのかわかるだろう。

「石炭層の略図」

で、櫓47mに対して地下415mまで竪坑が垂直に掘られている。どうしても地上の建物ばかりに目が行きがちだが、石炭を掘っていたわけなんでメインは地下だった。

 

元々はこの竪坑櫓が必要ないくらいの深さで掘削していたのだが、掘り進めていくうちに深度が深くなりこの旧志免鉱業所竪坑櫓が建設されたわけだ。

戦後は海軍の管轄から運輸省管轄になり、その後エネルギー転換により1964年(昭和39年)に閉山された。背後に見える小高い山は、西原硬山というボタ山で、産出した石炭の残りカスを積み上げて出来た山が今でも残っている。

さて、いかがだっただろうか。その巨大で異様な外観に不思議な魅力に取り憑かれたに違いない。完全な改修工事は2021年に終える予定だ。日本の発展を支えた産業遺産の象徴として未来に残してほしいところだ。

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(2019)