【その数センチ】豊橋の閑静な住宅街に未だに現役の「小池遊郭(有楽荘)」を散歩するよ。【営業中です!】(3)

 

全国裏探訪取材班は、閑静な住宅地の真ん中に未だにちょんの間を営業している、元遊郭「有楽荘」に来ている。一見閉まっているようだが、扉が数センチ開いており隙間があれば“営業中”の証なのだというから驚きだ。まだまだ妓楼はあるので見て行きましょうかね。

富久有の斜め前には、これもおそらく妓楼と思しき物件がありますね。2階の雨戸とか1階のカーポートとか一軒家の民家に近代化改装されているが取材班の目はごまかすことはできない。

こちらが正面から見た様子だ。右には斜めについた扉。どういう意味があるんですかね。

勝手口の扉の下にさらに扉。どういった用途なのかは知る由がない。

「杜月」

「とげつ」と読むのだろうか。引き戸の真ん中にもひらがなで屋号がある。ここは意外と見どころだ。波打った意匠が興味深い。

 

で、肝心の営業中の判定。玄関の扉は閉まっているのか。それか隙間が開いて営業中なのか、それとも建付けが悪くこれは誤差なのか。良く分からない。隙間の間から中も微妙に覗けるし・・それにしてもこのシステム微妙過ぎる。もし、意を決し「遊べますか?」なんて迂闊に言って飛び込むものなら、中古で購入した関係ない住人に眉を顰められるのがせいぜいオチちだろうw

玄関の上を見ると、波か何かのモチーフだろうか。貫禄のある鬼瓦が鎮座しているのも見どころの一つだ。素晴らしいな。

その杜月の隣にはこれはカフェー風の物件がありますね。これはやはりその当時からの物っぽい。ここも、サッシとか建具が近代化になっているのが悲しい。扉の隙間もなし。

これもおそらく当時からの物件でしょうかね。玄関前に松。もうお分かりですよね?

 

空襲への備えだろうか。まさかそんなこともないだろうが、2階にはガラスの飛散防止の処理がされて居る。ちなみに実際の豊橋空襲は1945年(昭和20年)6月19にあった。全焼世帯は約16,000戸、死者624人を出した。

「割烹 寿司 新々」「三楽」

取材班はさらに西に進むと、松と妓楼が。これも明らかにそうなのだろうが、1階部分が寿司屋になっていた。まぁ、遊ぶところにめし屋は必定ですからね。で、2階はそのままソッチ系の営業を続けていたのかもしれん。

この三楽の物件の西側にさらに回り込むと、もう一つ出入り口がありましたよ。これは完全にそうですよね。2階の手摺もいい感じだし、壁もねぇ。

 

料理店の印がここの玄関にもつけられている。で、問題の扉の隙間は・・・

これですよ。一見、この隙間は営業中のサインかのようにも見えるのだが、ひとつ前の写真をよく見てほしい。上の隙間が広く下に行くにつれその隙間が無くなっていってるように見えないだろうか。これはおそらくマジで建付けが悪いだけだと思われる。

現在の有楽荘は如何だろうか。昭和、平成、令和もう既に3つの時代を過ごしてきているが、未だに怪しい商いをしているんですよ。豊橋の小さな遊廓跡なので油断していたが、まだまだありますよ。次回最終回、決定的な“隙間”を発見したので次回最後までご覧いただこう!

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(2020)