【その数センチ】豊橋の閑静な住宅街に未だに現役の「小池遊郭(有楽荘)」を散歩するよ。【営業中です!】(2)

 

全国裏探訪取材班は、豊橋のDEEPスポット「小池遊郭」こと有楽荘に来ている。かつて豊橋には「吾妻遊廓」と言う遊郭があり、豊橋と言えば吾妻遊廓だった。が、戦時中の1944年(昭和19年)に軍の宿舎として徴用されてしまい歴史を終えてしまう。

戦後は、その吾妻遊廓は隣町に「東田園」として1952年(昭和27年)から再開することになるが、戦後すぐは豊橋の遊廓は空白になってしまう。

そこで台頭したのが、この豊橋駅に近い小池遊郭こと有楽荘だった。元々、吾妻遊廓の業者が徴用され東田園に移転するまでに、いくつかの業者は新天地を求め、戦中末期から田んぼの真ん中だったここ有楽町に新たなる拠点を少しづつ作ってきた。その為、中堅都市豊橋には遊郭跡が3つもあるということになった。歴史だな。

戦後70年以上経とうとしているので、有楽荘も閑静な住宅地に埋もれつつあるのだが、実はまだまだ遺構がガッツリ残ってるんですよね。

さてトップバッターはコチラですよ。かなりレベルの高い妓楼なのがお分かりいただけるか。

 

「秀の家」

屋号は秀の屋と書かれている。なかなか趣のある玄関だな。

玄関の柱が束石から外れかかってるし・・もしかしたらもう長くないのかもしれないので、早めの探訪をおススメする。

軒下に行灯があったり、今でも往時の雰囲気が残っていますよね。ぼんやりと夜に点灯していたんですかね。

「愛知県 料理店 公安委員会」

玄関の柱には料理店とも書かれている。同じことをやっていたのだろうが遊郭から、料亭(料理店)に商い替えしたんでしょうかね。

 

「18才未満の―― 立ち入り――」

その証拠にこんな札も掲げられていましたよ。やってんな。これは。

で、この有楽荘、終わった遊郭かと思ったが実はまだちょんの間として営業しているとかいないとか。と言う噂があるんですがこの妓楼の玄関は閉まっていた。と思ったが、玄関が数センチ開いているではないか。はい。この隙間が営業中の証だという。いやでもこれだけなら、偶然少し開いているだけかもしれないので、他の物件も見て行きましょうかね。

「富久有」

秀の家の左隣にも妓楼がありますよ。屋号は富久有と言う。

 

外側には目隠しの塀があり、2階が居間のベーシックな造りだ。新しめの室外機もあるので現役なのかどうなのか。

「商談 度宴会 お受け致します 富久有」

玄関前には営業の看板が掲げられている。これも業態変更の為か、カムフラージュの為か。

こちらが、玄関。あらら閉まってますね・・でもよく見てほしい。真ん中はピシッと閉まっているが、左側・・・

あれ・・・?左側が2センチほど隙間が空いているな。これは偶然ではなさそうだ。これはやはり“商い中”と言う事か。やはり、やってるってことか。赤いランプとか、暴力追放とか書かれているし。

 

「暴力追放」

目の前の民家にも暴力追放と書かれている。ココとかもそうだけど、こういった変なスポットっ暴力追放とか、防犯とかやたら書かれてるよねw

さて、小池遊郭こと有楽荘をまだまだ見て行きましょうかね。

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(2020)