全国裏探訪取材班は、高知の軍艦島、高知の九龍城とも例えられる「沢田マンション」という特殊建築に足を運んでいる。このようにに様々な例えをされる沢田マンションだが、取材班はその成り立ちからサグラダファミリアじゃないかな。と思っている。
さて、何故サグラダファミリアなのか言うと1971年(昭和46年)に着工ごほぼ現在の姿になるまで14年の月日が必要だったという。この写真に写っているものもその建築に際した発動機の一部だ。
基礎は地下6mの岩盤層まで達しているとされ、その建築に際しては沢田嘉農と裕江、さらにはその2人の小学生の娘まで動員されたようだ。私有地のため子供でも重機の操作をし、当時小学生だった娘は足がフットレバーに届かないながらも建築に従事したという。すごいな。
そんな、なかなかぶっ飛んだ頭おかしいと思われても不思議ではない沢田嘉農らだが、翌年1972年(昭和47年)に基礎工事は完了。1階部分が完成し、6戸の入居者が居たという。
その後順調に工事は進められ、1973年(昭和48)年には4階建にまで建てまし、24戸が入居。その頃にはスーパーマーケットも開業し、他に、焼肉屋や、露天風呂付きの共同浴場まで設けられたという。すごいな。
沢田マンションは基本的に西(写真左)から東(写真右)へと工事が進められた。
1975年(昭和49年)頃からは建物の断熱を考え、屋上には土が敷かれるようになる。今考えれば、屋上緑化なんて世間で騒がれるようになったのはここ10年15年なので、沢田マンションは時代を40年ほど先取りしていたことになる。
しかも、今となっては、屋上緑化とか単なるエコと違って家庭菜園みたいなこともやってますからね。景観、断熱、エコ、食料補給と一石4鳥ですからね。素晴らしい。
建物の南側にはスロープも取り付けられており、小型車であれば3階部分まで乗り入れられるようになっているのもこの物件の特徴の一つだ。
こちらはスロープを別の角度から見た様子。なかなかのDIY感が漂っているのがお分かり頂けるだろうか。
もう一つ、物件の特徴といえば、縦長のストライプのデザインのようなリフトだ。これは一般のエレベーターのような常用での役割ではなく、大型の物品を上層階に上げるためのリフトだという。
で、屋上の模様でお気付きになった方もいると思うが、特に目立つのはこのクレーンではないだろうか。こちらは夫婦手作りの作業用クレーンで今まで沢田マンションをここまでの規模にした重要アイテムだ。これを手作りってマジでぶっ飛んでる、、
クレーンの下の東側の階層には池があるのが見えると思う。これは沢田マンションの住人しかわからないものだろう。沢田嘉農が孫にプールを作ってあげようかと計画したらしいが、孫の意向で魚の飼える池になったのだという。実に自由人家族だな。
沢田マンション。いかがだろうか。次回最後は見逃した部分を見ていましょうかね。
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(2019)