【幻の】着工までされた「成田新幹線」の遺構を見に行く。【新幹線】(1)

 

全国裏探訪取材班は、海外出張も多いので結構成田空港を利用する。読者の方も旅行やビジネスで利用することはあるのではないだろうか。最近は羽田空港の国際線も多くなったとはいえ、依然としても便数は圧倒的に成田空港が多い。そこで問題となるのは、成田空港へのアクセスの悪さではないだろうか。

「成田空港駅」

成田空港を利用した方の大部分が利用するであろう鉄道ターミナル。左が京成電鉄、右がJR線だ。ここで主なターミナルから成田空港への所要時間を見ていこう。

「成田スカイアクセス線」

一番早いものは、京成日暮里駅から京成スカイライナー(スカイアクセス線)で38分。次に東京駅から成田エクスプレスで50分。いずれも有料列車だ。

「京成本線ホーム」

次に、普通運賃でのアクセス時間を見てみよう。京成日暮里駅から京成本線経由で特急で1時間。東京駅からJR京葉線経由で1時間20分となっている。正直かなり時間がかかる。しかも、ここでお伝えしたように成田空港が“新東京国際空港”として開業した当初は京成本線しかなかったですからね・・かなりアクセス悪かったんですよね。

 

「JR成田空港線成田支線乗り入れのJR線(左)京成成田スカイアクセス線(右)」

日本の政府も空港の構想時点から、このアクセスの悪わについて全くの無策だったわけではない。それが今回紹介する「成田新幹線」だ。もしかすると鉄道マニアでもない限り、成田新幹線?なにそれ冗談でしょ?って言われるかもしれないが、実はこの成田新幹線という計画は古く東海道新幹線の開業5年後の1969年(昭和44年)から“新全国総合開発計画”として閣議決定。1970年(昭和45年)全国新幹線鉄道整備法公布1971年(昭和46年)には成田新幹線・上越新幹線・東北新幹線の基本計画が公示され、着工するかに思えた。

〔35°47’49.5″N 140°18’57.6″E〕

「成田市に残る成田新幹線の高架」

しかし、認可されてはいたものの、地元や沿線住人による工事停止の訴訟が起こされ工事は一時中断することになる。この後も、数々の訴訟や、三里塚闘争の一部として工事の妨害なども度々発生。完成予定は開港2年前だったがついに1978年(昭和53年)の新東京国際空港開港にも間に合わず、暗礁に乗り上げることになる。その後、京成電鉄が成田空港まで延伸ひとまず鉄道アクセスが可能になる。

 

現在も成田市内には、その成田新幹線の高架線が残っている。次回この橋脚の様子をじっくり見ていきたいと思う。

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(2019)