【金津園から】戦後ドサクサ闇市生まれの青線私娼街。岐阜市花園町「国際園」【徒歩2分】(1)

 

全国裏探訪取材班は、先日岐阜駅から徒歩1分の「金津園」の様子をレポさせていただいた。そんな、東海一とも西日本一と言われる金津園だが、その金津園から実は徒歩2分の所に「国際園」という元青線があるのはご存じだろうか。

金津園があるJR沿線から北へ200m。金津園中心部を貫く忠節橋通りを北上するとアクセスしやすい。早速取材班は向かった。岐阜駅からアクセスしてもシティタワー43の裏辺りにだ。金津園並みに近い。

この辺の界隈なんだが、大本は戦後発達した闇市「国際街」に由来する。終戦間近岐阜空襲で町の中心部や工場地帯が根こそぎやられ、そこには闇市が自然発生した。この国際街と言う闇市は、現在岐阜高島屋の近くの金神社の境内周辺がルーツだ。

戦後と言う事もあり、中心部にある国際街闇市は大いに盛り上がりを見せたが、空襲や出征で旦那を失った未亡人や、若い婦女が飲食店に私娼を設置し始める事になる。

当時は売春禁止なんてそんな悠長なことを言っている時代ではなかったが、暫くしているとその私娼も数を増し、社会問題化していくことになった。

 

「新栄町」

明らかに非合法的な売春が横行していたため、警察からは青線として認識された。そこで沸き起こったのは、この岐阜の中心地区からどこかに場所を移そうという移転問題だった。

元々金津園という遊郭―特飲街―赤線―ソープ街という極めて真っ当な?歴史ではない譜系なので移転問題は混迷を極めることになる。

当時移転候補地はたくさんあったようだが、移転先の地元が軒並み反対し大騒動になったという。一時期は名鉄岐阜駅前も計画されたとか。

「ホルモン焼 お茶漬 あたりや」

そんなこんなで、移転されたのは1956年(昭和31年)の事だった。移転場所は現在住所で言えば岐阜市花園町。移転前の国際街と言う名前に則り、国際“園”と命名された。

 

最近のこの国際街の周辺の街並みは、いい感じの寂れ具合でいい感じだな。ただ古い街だが段々と駐車場に成ったりマンションに成ったり。近代化が進んでいるようだ。

「福住公園」

珍しくプール付きの公園もあったり。

「お好み焼き ぶんぶく」

お、この辺まで来るとなんか雰囲気が変わってきますね。次回は、この国際園の物件を見て行きたいと思う。こうご期待だ。

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(2017)