【典型的な】県庁所在地鳥取より歴史の古い米子花園町「灘町遊郭跡」を歩く。【町割り】

 

全国裏探訪取材班は、別件の出張で米子に来ている。米子と言えば、鳥取県の西部にある鳥取県の第2都市だ。2番手の都市ながら、米子は鳥取より上だという勢力も一部にはあるようだが。例えば、鳥取駅は非電化だが米子は電化されていたり、高速道路が先に開通したり、人口密度も米子が高いという。

今回の米子の遊郭「灘町遊郭」もその根拠の一つと言うわけではないが、実は鳥取の「聚楽園遊郭」よりも歴史は古く江戸時代まで遡るという。

今回の灘町遊郭は、米子駅から北西に約1.5Km、住所で言えば米子市花園町にある。

かつてはこの場所を「灘町」と言っていたそうだが、1935年(昭和10年)に「花園町」と改名したという。

この現、花園町界隈にはかつての遊郭の名残なのか、色町にはよくある外界との結界を張り巡らすかのように水路があるな。今ではたくさんの住宅が立ち並び、かつての面影が薄まっているが、その痕跡を探すとするか。

 

町割りはよくある遊郭のように、1本の大通りになっておりその両端はTの地になっている。典型的な造りだな。

大通りを進むとのっけから、それらしい外見の民家を発見。ただこれは近年にこの地区の雰囲気に沿って改装されたもんかもな。

続いて道を挟み、妓楼を発見。これは完全に当時からの建物だな。手前右の格子状の窓や、玄関までの石畳。

往時は子の格子の向こうに娼妓が居たのであろうか。

 

右に目をやるとこちらも巨大な妓楼があるな。

左の巨大な妓楼から中庭を経て、右の別棟に続いている。このような造りなど現在は殆どないだろうな。

後からできた、鳥取の聚楽園遊郭は今でいう駅チカ。だが、こっちの灘町遊郭は、駅からかなり遠い。と言ってもこの灘町遊郭は鉄道ができる遥か前から存在した。鉄道ができる前には、山陰の主要な交易は海運が主力だったので米子港に近いココに造られたのだろうな。

右の棟の軒下の飾り窓には“コウモリ”の意匠があるな。これはもい完全にソレだな。東洋ではコウモリは子宝や、長寿、魔除けに用いられることがままある。西洋は真逆だが。

 

このコウモリの妓楼の前にもそれらしい建物っがあったり。左の続き棟には・・

菱形が重なったっような家紋のような独特の大型の飾り窓。一般人はあれかもしれんが、こういった街並みに感度が高いのでギョッとするな。完全に遊郭建築やん。

「軽食喫茶 リビア」

菱形の遊郭のとなりにある、渋い喫茶だな。時間の都合で寄れなかったがめっちゃ入ってみたかった。

とまあ、米子は大規模な空襲もなかったせいか、戦後は赤線に移行。売防法施行以降は住宅街に移行。古い遊里だからか、駅前の再開発などに巻き込まれずスムーズに時を経ており、当時の雰囲気が自然に残っている。暇なら寄って見学しても損はないだろう。

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(2015)