【まるで】京都駅から徒歩5分、関西有数の被差別部落「崇仁地区」を歩く。【迷路】(1)

 

全国裏探訪取材班は、京都駅に来ている。他の仕事も終わり、数時間の時間調整があったので、サテンでぼ~っというのも良いのだが、せっかくなので、ここから5分の関西有数にして京都最大級の被差別部落「崇仁地区」に足を運んできた。

まずはざっくりとした地図から、ご覧いただこう。大体この辺が「崇仁地区」と呼ばれる地域だ。この崇仁地区というのはいわゆる愛称のような物で、厳密な住所ではないため注意されたい。

東側には京都タワーが見える。歩いて5分くらい。

ここで簡単に歴史も含み解説していきたいところだ。よく“b地区”と言われるような、“部落”という言葉は、元来“集落”と同じような意味なのだが、歴史的に差別を受けてきた人々を行政やその他市民が“被差別部落民”や“部落民”と呼んだことから“部落”というのが本来の意味から少し意味合いが変わってきた。

部落解放同盟による2011年(平成23年)3月4日第68回全国大会で決定された「部落解放同盟綱領」による解釈はこうだ。

商店の跡か?

「部落民とは、歴史的・社会的に形成された被差別部落に現在居住しているかあるいは過去に居住していたという事実などによって、部落差別をうける可能性をもつ人の総称である。
被差別部落とは、身分・職業・居住が固定された前近代に穢多・非人などと呼称されたあらゆる被差別民の居住集落に歴史的根拠と関連をもつ現在の被差別地域である。」

 

大人ならば“穢多・非人”は社会科の授業で聞いたことはあるかもしれん。これは“士農工商”より下の身分として江戸時代に設定された身分だ。もともとはそれより前からあったようだが・・

「氷屋」

穢多とは“穢れ”が“多い”とも読めるが、その通りな身分だった。動物の処理や毛皮の加工など、さらには罪人なども穢多の一部とされたようだ。

非人に関しては諸説ある得ようだが、有力なのは、障害者、囚人の世話や、処刑、死体処理、井戸掘り、などがあるようだ。あとハンセン病患者や障害者も非人とされた歴史があるようだ。詳しくはWikipedia穢多非人をどうぞ。

「京都市崇仁北部第2市営住宅31棟」

鴨川沿いに建つ市営住宅だな。

 

京都市崇仁北部第2市営住宅31棟ベランダの様子。

「京都市崇仁市営住宅33棟」

31棟とは違い、ベランダの位置が東西逆だ。変わった造りだな。そのためパラボラアンテナが共用部側にあるし・・

「三ッ梅稲荷大神」

次回は、また歴史的背景をも交えながら「崇仁地区」を見て行くとしようか。

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(2018)