【第二の】九州最後の炭鉱「池島」の現在を見る。〈池島小中学校・池島神社・四方山〉【軍艦島】(12)

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全国裏探訪取材班は、池島島内をざっくりと時計回りに探訪しているわけだが、池島北東にある探訪の難所「四方山」に登り池島神社などをみていきたいと思う。

校庭中央部まで出てきたが、校庭はかなり雑草が生えまくっている。たった10年ほど前まで子供達がわんさか走り回っていたんだな。

ただ、今は学生の数に比べ校庭が大きすぎる為(小中学校共用)、運動場に藻のようなものが生えてズルズル。校庭のメンテナンスが追い付いていないようだ。無理もないよな。

体育館も共用。生徒数人にしてはこちらもオーバースペック。

体育館の部室だろうか、、部屋は野球、サッカー、テニスとある。

しかし、一部の部室が「鉱業所」とある。もしや中学から炭鉱の部活などがあったのだろうか。あっても不思議ではないよな。謎だ、、

校舎中央の入り口。一応生徒は居るので、AEDを設置していたり、その辺は普通の学校と変わらんな。

池島小中学校は1959年(昭和34年)外海村立神浦小学校池島分校から、池島小学校として独立する。と同時に外海村立池島中学校を開設。おそらくそれの20周年記念のモニュメントか。

グラウンドの野球のスコアボードもこの感じ。簡単に言えばレトロ。になるのだろうか。金属フレームはしっかりと残り木製と思しき部分は朽ち果てている。そりゃ、野球するには島民全て参加しても人数が足りんもんな、、

 

こちらは、倉庫の入り口。同じく木製のためズタボロになりかけている。

取材班は学校の西側に回り込むと体育館との廊下がある。そこから「池島神社」「四方山」方面へアクセスするための登り口がある。

「池島神社鳥居」ここからは参道と登山道を兼ねている。

子供達が遊んでいた証拠に鳥居の上に石が乗っかっている。

 

学校から四方山登山道を登ると数分で「池島神社」に到着。

本殿は鉄筋コンクリート造。1963年(昭和38年)の創立。神社の創立からして建物が新しい気もする。

勾配が30度ほどはあろうか、かなりキツイな。汗だくになりながら、頂上を目指す。地元民曰くイノシシも出現するらしいので注意が必要。

頂上に着くと360度パノラマ。と、までは残念ながらいかないが、鉱員団地群が見える。こう見るとまだ現役のような雰囲気もするな。

次回は本格的な炭鉱て発展する以前からの集落。「郷地区」の様子をお伝えしよう。

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(2018)