【人口減少率】炭鉱の町大牟田の大繁華街「大正町」とその周辺を見る【約50パーセント】(1)

 

全国裏探訪取材班は先日まで、三井三池炭鉱三川坑を取材していたのだが、忘れてはならないのはその大牟田の中心地である繁華街だ。繁華街といっても人がわんさか居るわけではなく、炭鉱時代の置き土産として雑居ビル、スナック街として10万人都市の割にはかなり巨大な規模を誇る。早速見て行きたいと思う。

「大牟田駅」

大牟田駅から現地までは少し離れており直線距離にして500mほどある。

ここでざっと、今の大牟田の現況についてお伝えしたい。今の日本の人口はだいたい2008年(平成20年)くらいから減り始めているが、ここ大牟田は石炭の町として栄えていた背景から、戦後の一時期からすぐに人口が減少し始めた。

世界文化遺産に指定された「三池炭鉱関連資産」

石炭の産出量の増大と共に人口が増え、その人口のピークは1959年(昭和34年)。約20万人を要する都市まで成長した。それから、高度経済成長の過程でエネルギー資源が石炭から石油に転換され、石炭産業も機械化合理化を迫られ、徐々に縮小していく。

大牟田駅から繁華街への道すがらの古町界隈。「河口荘」出張のビジネスマンのためか。和風の旅館もある。

平成に入ると石炭の採掘も海外の安価な石炭に押され、費用対効果が見合わなくなり、ついに順次閉山していく。当然労働人口は大牟田市から流出してゆき現在2018年(平成30年)は11万人を割りそうな状況に陥っている。更には日本全体の問題である少子高齢化でさらに人口10万人を着るのも時間の問題だという

「割烹天徳」宿泊もできそうな雰囲気だな。

「小料理 小夜」

大正町2丁目に延びる通り。スナック、居酒屋、小料理、割烹いろいろありますよ(笑)

「ビジネスホテル まゆみ」この地区には民宿に毛が生えたようなビジネス旅館が多いな。

飲み屋ビル。「SOCIAL CITY」

 

10万人都市程度ならばこのような飲み屋ビルが2、3棟あればいいところだと思うが、大牟田には大小合わせ10棟ほどある。流石旧炭鉱の町、宵越しの金は持たねぇ~♪

「第一カンカンビル」

あっち向いてもいても飲み屋街、そっち向いても飲み屋街。こっち向いても飲み屋街。すげー、、

ま、その代わり空き物件も多いわけで・・

 

シノギも大変になるわけで・・w

音楽教室の隣には「浮名 小松」どう考えてもミスマッチな区画だがこれが許されるのも大牟田だからか。

トンボの目の玉みたいな意匠も最高に渋いなーw

ほんとは一個一個紹介したいんだけど、大牟田の繁華街は広すぎて・・・とても一日では廻りきれそうにもないな。

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#大牟田市 #レトロ #放置プレイ #路地裏 #スナック #アーケード
(2018)