【すべては】「ニイタカヤマノボレ一二〇八」も送信した?針尾無線塔の内部に潜入。【ここから始まった】(1)

 

全国裏探訪取材は長崎県にある奇妙な3本の煙突のような建物を見に来た。長崎県にお住まいの方ならば、一度くらいは見たことがあるかもしれない。

「針尾無線塔」

西海パールラインからみた天に突き出した3本の構造物。謎だ・・

さらに近づくと異様さが際立ってくるな。

針尾無線塔の他の名称は、針尾送信所、針尾電信塔、旧佐世保無線電信所など様々な言い方があるが、これらはすべてこの施設を示すものだ。

この無線塔は、1918年(大正7年)に着工し、1922年(大正11年)に日本海軍の無線送信所として完成。以後は国防の要として、日本の内地はもとより外国で活動する日本軍に対して電信(モールス信号)にて情報を届けた。

「1号無線塔」

その情報の中でも一番有名とされるのが大東亜戦争(太平洋戦争)の暗号「ニイタカヤマノボレ一二〇八」だ。この暗号の送信については諸説あるが、真珠湾攻撃のための機動部隊への送信は千葉県の船橋送信所や、潜水艦への送信は愛知県の依佐美送信所など、いろいろ説はあるようだ。今の所この施設の一番の定説は瀬戸内海に停泊中の連合艦隊旗艦戦艦長門が打電した暗号を、有線ケーブル(または呉通信隊による中継)で針尾電信所が受信。そこからこの電信塔で中国大陸や太平洋で活動している陸海軍に通達したという。

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「1号無線塔出入口」

近代のアジアといえばほとんどのアジア諸国が欧米列強の植民地となっていたが、この施設は有史以来初めて有色人種である我々日本人が、白人に対して正々堂々戦いの火ぶたが切る暗号を発した施設だ。

ところで、「ニイタカヤマノボレ一二〇八」を受信した空母6隻の機動部隊は、北太平洋を東進。12月8日には350機の航空機他でハワイの真珠湾基地を奇襲攻撃(詳しくはWikipediaでもどうぞ。この奇襲は大成功に終わった。その後の戦いの趨勢は割愛するが、結果はご存知の通り・・改めて歴史の重みを感じるな。

電波塔の高さは1、2号塔が135m、3号塔が135m。構造は鉄筋コンクリート造。内部は中空で上が絞られたような竹輪状になっている。基礎(地底)部の直径は24m、厚さ91㎝、底部の外周は12m、厚さ76㎝、頂部の外周は3m、厚さ22㎝となっている。3本の無線塔はそれぞれ303mの正三角形で配置されている。

次は2号無線塔、3号無線塔を見ていきたいとおもう。

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(2018)