【世界一長い】世界初!青函トンネル、海面下140mの「竜飛海底駅」に降り立つ。【海底トンネル】(8)

 
全国裏探訪取材班は、龍飛岬の空気を吸い再び海面下へと潜る。
 ​「青函トンネル記念館駅」からもぐら号に乗り込み、体験坑道駅を目指す。
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 「青函トンネル記念館駅坑内」から地下へもぐら号が出発準備(もぐら号の戸締め)が完了すると風門が開く。風門が開いている間は、風圧防止と事故防止のため、青函トンネル記念館駅坑内の扉は全て締め切られる。異界への扉のような感じだ。
 本坑に並行する「作業坑」。写真は本州側を見ているので登り勾配になっている。長時間居ると方向感覚はおろか、水平感覚もなくなってしまいそうになる。あと今更だが、当時竜飛海底“駅”と言われていた時代も自動改札機など改札設備などは無い。
 再び竜飛海底駅にプラットフォームに戻った。貨物列車通過の合図(ブザー)が事前に響き渡る。これが不協和音で不気味。すると遠くから音がどんどん大きくなってくる。風も感じる。ヘッドライトが見えた途端、音が轟音になり目の前を過ぎる。
 
  北海道方面から来た貨物列車なので、こちらも作業坑と同じく、登り勾配でありEH500電気機関車も唸り声をあげながら本州方面出口へ上がってい行く。
 「たっぴかいてい」駅名標。
 「30 ←I20→」何の意味かと思ったのでガイドに尋ねると、本坑や避難誘導路は滑らかなつるつるの“化粧コンクリート”で仕上げられておりその厚みが記載されているらしい。
30は壁の化粧コンクリートの厚み。そしてI20は床面の厚みらしい。
 北海道方面へと勾配を下ってゆく「ED79重連編成」の貨物列車。
 
 青函トンネル内のレールは前回お伝えしたように気温が20℃のため、露天のレール敷設の様な継ぎ目は一切ない。現場ですべて溶接した“超ロングレール”となっている。乗り心地はいい。さらに海峡線は建設時は在来線のみの通行だったが新幹線規格(のちのスーパー特急方式)の路線のため保安装置もATC-L型(現在は新幹線の保安装置としてDS-ATCに更新)だ。
そのため信号機は無く、すべて車内信号となる。
  取材班は竜飛海底駅から離脱すべく下り函館行き「白鳥」に乗車する。
 竜飛海底駅から特急白鳥号に乗車。5分ほどで海面下240m「青函トンネル最深部」に到達。
当時は青と緑の電飾があった。
 「きこない」(木古内)駅名標。
特急白鳥は青函トンネルを抜け北海道最初の停車駅木古内に到着。
背後には建設中の北海道新幹線の木古内駅。
 
 「旧木古内駅」駅舎。正三角形の意匠が特徴的だった。
 現在の木古内駅。新幹線の駅も完成し面影は全くない。
かつては、上野から寝台列車で青森まで十数時間、そこから青函連絡船で4時間。丸一日かかっていた北の大地への移動。現在は在来線が北海道新幹線に置き換わり、東京から新函館北斗まで4時間になった。
建設から30年、延べ1389万人、総工費5400億円を投じ、殉職者36名を出しつつ完成された“青函トンネル”。この紛れもない世紀の大プロジェクトに裏探訪取材班は、賞賛を送りたい。
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 (2012)