【世界一長い】世界初!青函トンネル、海面下140mの「竜飛海底駅」に降り立つ。【海底トンネル】(4)

 
全国裏探訪取材班は、前回避難場所など見て来た。
今回は青函トンネルの歴史などを解説していきたいと思う。
 「縦断面図」
青函トンネルの全長は53.85Km。以前は“ゾーン539”という愛称も一時はあったようだが今はほとんど使われていない。
津軽海峡周辺「地図」
青函トンネルの構想は1923年(大正12年)函館出身の商人阿部覺治(あべかくじ)の「大函館論」という著書にある。以後も地質調査はされたが、建設は始まらなかった。そして転機は訪れ1954年(昭和29年)9月26日に発生した青函連絡船洞爺丸事故で1155人が死亡または行方不明となった。それから具体的な建設計画が本格的に浮上。
ルートは見てもらえばわかるが、現在の青函トンネルは津軽半島から、松前半島に通される(西ルート)。しかし、 当初は東側の下北半島から、亀田半島間が有力視されていた(東ルート)。地質調査の結果、東ルートは水深が深い上、断層も多数う発見され、下北半島に恐山、亀田半島にも恵山という火山性の山がある為西側ルートとなった。
 建設前「当時の竜飛崎」の様子。本州と北海道は青森からの青函連絡船によって賄われていたため、津軽海峡の先端の竜飛など不毛の大地だった。
1961年(昭和36年)に青函トンネルの建設が開始。1964年(昭和39年)掘削を開始。
 「先進導坑の全景」
複雑な地盤で、掘削は困難を極め複数回に及ぶ異常出水。1976年(昭和51年)5月6日には毎分85tに及ぶ異常出水で湧水量が排水量を上回り、設備が完全に水没。約2か月に及ぶ排水作業を終え、半年後、作業坑を迂回に成功。
1983年(昭和58年)1月27日、本坑より先に調査を兼ね先に掘られる先進導坑が貫通。
 本坑貫通式の様子「本州から北海道へ風が吹く」
1985年(昭和60年)3月10日、本坑が全貫通した。そして構想から半世紀以上、建設開始から27年の歳月をかけた青函トンネルが1988年(昭和63年)3月13日より供用を開始した。
ということで、話が長くなるのでまた次回・・(笑)
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 (2012)