【不法占拠スラム】在日朝鮮人の集住地域ウトロの現在【ウトロ51番地】(1)

 
全国裏探訪取材班は京都府宇治市に「ウトロ」という朝鮮人の不法スラムをご存知ない読者のため取材を敢行した。
戦時中に計画された京都飛行場を建設するため、その建設労働者とその家族が暮らした飯場を1943年年に開設した。その工事に従事した大半は朝鮮人であり、それが源流になって戦後を経てスラムと化していった。
結論を言えば非合法的に居座った朝鮮人が作ったスラムなのだが戦後70年以上経過したこともあり、この朝鮮人の源流のスラムも数々の訴訟、や行政の浄化計画。そして、住民の高齢化で終息しつつあるのかもしれない。
気になる、裏探取材班はウトロ地区に足を運んでみた。
近鉄伊勢田駅を降りて、西側に5分くらい歩いていくと、このような看板が出てくる。
車で一瞬通り過ぎただけならば、小学生が書いた交通安全か何かの看板かと思うが・・
よく見てみると、中央には民族衣装チマチョゴリをきたパンチパーマのおばちゃんがこっちを向いて手を振っているではないか。あ、怪しいw
 そこで街を見回すと「ウトロ」町内会。ウトロというのはもともと、宇土口(うとぐち)と呼ばれる地名でだったが、漢字の弱い朝鮮人が”ウトロ”と読んでしまったんですかね。
2017年現在ここを取材したときはかなりバラックが撤去されていましたが、未だにその雰囲気がありますね。
 ウトロ地区をくまなく歩きますがやはりバラック感がまだまだあります。
大分浄化されましたが、長年アレなエリアでしたのでそういう根性が周りにもまだ残っていますね。
 屋根もズタボロですw
 
 先ほどの中心部まで戻ってきました。この看板を再度見ます。
「・・・・・新しいウトロ】優しいバリアフリーのまち――――――を大切に、コミュニティーの――――住みやすい街――を守り、明るく開かれたまち――――文化)の聞こえるまち―――」
詳しいところは見えませんが、そんなこと不法占拠の朝鮮人に言われてもどうしたらよいのかわかりませんw
地球がハートになってかわいいイラストが描かれているからと言っても信用できないw
 はい次は、オモニのうたです。
「いやや!どんなことがあっても、私はよそえは行かないよ―――(中略)―――ここは私の生きてきた「ふるさと」なんだ―――(中略)―――このまちを離れたら私は私ではなくなる・・・・」
う~ん。いろいろ突っ込みどころ満載ですね~wそもそも被害者みたいな書き方して感情論ですけど、そもそも、不法占拠ですから。都合のいい歌はみんな困りますw
 朝鮮語が読めないのでソースは分かりませんが、大体感情論でしょうw
そもそも、こんな感情論は今の日本人には通用しませんね。。
一部の人権団体はウトロの住人は「強制連行」されてきた!みたいなことを主張しているようですが、客観的な一次史料と突き合わせても、単に貧しさや、兵役逃れで仕事を求めてやってきただけの連中のようです。
 はい次です。
「たくさんの――たくさんの悲しみも――たくさんの笑顔と――たくさんの――
ウトロで生まれた。これからは、笑顔と喜びだけ―残りますように――これからも絆広げ――――」
はいこれもがっつり感情論ですねw第一「絆」を広げる根拠もありませんw
 
 「ウトロに愛を(以下朝鮮語)」
中央はまたまた感情イメージ図ですw
「【ウトロ町づくり基本方針】1.みんなが助け合って暮らせる公的住宅の建設と―――(中略)―――高齢者福祉施設の建設」
不法占拠した朝鮮人に公費を使い公的住宅を建てられるほど自治体財政は裕福ではないんですが。が。最終的には市営住宅が完成します、、、。
「2.ウトロの歴史・在日コリアンの歴史を―――ていくための『歴史記念館(仮称)』の建設――――」
歴史記念館はないでしょうwどんな歴史記念館になるのでしょうか。まさか、朝鮮人のお花畑ファンタジー歴史館ではないでしょう?w
客観的事実を検証した真実を伝える歴史館が建ったら、例の病気を発症しますかね?w
 いかにもウトロらしい雑多な風景ですね。負のオーラしかないです。
 生活に困った人たちが多いエリアなのか、金貸しの看板がある。今のア○ムやア○フル、プロ○スではないので闇金だろうか。
次では、ウトロ地区の歴史を簡単にお伝えしたいと思う。
#宇治市 #マニアック #コリアン #これはひどい #バラック #貧民街 #不法占拠 #在日 #貧困
(2017/10)